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12月21日終業式でした
その後は地区の奉仕活動に行き、
そして職場の忘年会
忘年会もいろいろ思い出があり
陸前高田の思い出の一つなんです。
今年も楽しく忘年会を過ごすことができました。
ま、年齢的に私は幹事になりますけどね。
12月22日から24日までの3日間
東京に行ってきました。
イルミネーションを見るためです。
1日目は横浜
中華街を食べました。
夜景も見ました。
ラッキーだったのは
通常料金で
たまたま海側の見える部屋だったことです。
部屋からずっと夜景が見えていました。
2日目は浅草とスカイツリーを。
3日目はお台場付近を見たり買い物したりで過ごしました。
大好きな劇団四季は予約できず
残念でしたが
1月にそれだけを見に行きたいと思います。
劇団四季のウィキッドを見てから
どうもファンになってしまったようです。
すみません。
とりとめのない文章になりました。
ま、昨年のクリスマスに
プロポーズをしたので
一応記念日ということになります。
そして12月30日で結婚半年を迎えます。
という報告でした。
寒い日が続きます。
みなさん風邪などひきませんように・・
つづく・・
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日記
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11月初旬に
陸前高田にボランティアに行ってから
もう1か月半
特に今住んでいる内陸で
大きな変化は・・・
子供たちの意識は少し変わったという話を
その保護者の方から聞いた時には
少しうれしくなりました。
「つくし先生はこういうふうに避難したんだって」
「生徒はみんな無事だったんだって」
「津波が来た3階の校舎、すごいことになってた」
なんてことを聞くと
たとえ一時的なものであっても
中学生からすれば
まずまずオッケーかなと思います。
何度も何度も繰り返し
伝えていきたいと思います。
今日は投票日
もちろんしてきました。
これほどまで悩んだ時もないですね。
どこに入れればいいのか
まったくわからない状態での投票
正直東北のことを、原発のことを
大きく変えてくださる方は
いないのでは・・・と心配しています。
震災直後がそうでしたから・・
がれきの前で記念写真とる議員さんも見たし
やっとテレビが映るようになって見たら
お互いをののしるだけの国会しかやっていなかったし・・・
あげあしをとるばかりの話し合いに
いくらの税金が使われているのかと思うと・・・
大きな改革をすれば
それの反発も大きいことは
誰もが承知
100人いて100人に好かれようとすることは
不可能であることももちろんわかっています。
でも何かやってみようと
行動にうつしてくれる人は
今度はいるのかな・・・
それだけが願いです。
議員さんも
ほかの公務員も
今は立場が厳しいのはわかっているけど・・・
でもダメな人たちをいかに罰するかだけのニュース
ばかりではなく、
震災の○○が改善された
とか
東北で○○が変わったとか
そんなよいニュースを早く見たいです。
来年の3月11日で2年になります
きっとそのときに
大々的に取り上げられるとは思いますが
きっとその日だけ。
もうそんな予想が当たり前のようにできる今。
さてさて
自分一人は何ができるか・・
選挙に行って投票してきた。
子どもたちに伝えた。
ボランティアにいった。
まだまだやれることはきっとあるのでしょう。
私は毎年震災の講演会を開こうと思います。
今年も全校生徒に行いましたが
それで少しでも考えてもらえば
そして忘れられないようにすることも
私にできることですかね・・
目の前の通信簿作成に悪戦苦闘しながらも
陸前高田のニュースはいつも気になります。
でも、今はどのチャンネルも
選挙の報道ばかりですね。
予想通りの展開、ですね。
つづく
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ここ最近
私のまわりでは結婚ラッシュが続いています
私にはいつも集まっている友人がいます
みんな次々と結婚し、最後に残ったのは私を含めて3人・・・
そして今年の6月私が入籍・・
そしたら先日もう一人が・・・
職場関係でも・・・
知り合いも・・・
4件も続きました。
みんな披露宴をしているので
していない私にはすこーしうらやましいなと。
いろいろなものを1つ1つ済ませて
来年にはなんとかしたいなと・・
厳しかったら身内だけでもなんとか。
昨日で結婚5か月目だったので
今日はずっとそのことを考えていました。
ま、そんなことを考えている時間があること自体が
心に少しゆとりが出てきた証拠なのかもしれません。
と、話は変わり
そしてたまたま私が大事にしていた時計
3.11になくしてしまいましたが
まったく同じものを発見したので速攻買いました。
家にいるのに今つけています。
今日はたわいもない話題でした。
すみません・・・
つづく
あ、自分は意外と物に執着していたんだなと感じました。
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今日は11月22日
いい夫婦の日
今年6月に入籍をしましたので
今日はお祝いをしました。
震災のとき、待っていてくれていた妻
いろいろ働きかけてくれた妻
震災後は被災者の宿泊の支援を続けている妻
頭があがりません。
感謝です。
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東日本大震災から
今日で1年と8ヶ月・・
あれは何だったのか・・・
今普通の生活に戻りつつある自分自身が
夢だったか・・そう現実逃避のようになってきています。
たくさん失ったものがあったのに
今の世の中はモノで満ち溢れ・・
沿岸から離れてきてしまった自分は
一気に震災からかけ離れてきたように感じます。
でも震災で身内を失った人達は
1年たとうが
2年たとうが
街や生活の復興はあったとしても
心では辛さを我慢して
決して夢ではないことに
何度も涙しているのではないかと思います。
去年までは震災を、辛さを共有できましたが
内陸に引っ越してくると
職場ではなかなか言うことができません。
なんか気を使われそうで嫌なんです。
テレビ見たよーとか
新聞みたよーとか
言われますが
別に嬉しくはないです。
いいことで写っているわけではないですから。
被災者として内陸に移り住んだことで
時の人(?)のように扱われているだけです。
子供たちのスポーツや合唱とかで
褒められて取り上げられているのではないです。
でも高田に行くと
ひさしぶりーって笑顔で再開を喜ぶこともできました。
今の自分が何に対して
モヤモヤしているのか
わかりませんが、
なんかずーっとモヤモヤしています。
今進路の時期になってきました。
去年の子供たちと
進路に対して奮闘していた頃を思い出しています。
○月11日
11日になるとすこーしブルーな気持ちになる
つくしでした。
つづく・・・
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