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20130619(了) コニー・ウィリス/小説『リメイク』 REMAKE 大森 望 訳 1999年/SF小説/ハヤカワ文庫/中古 <★★★★> いくつか読んでいるコニー・ウィリスのもの。見つけると欲しくなる。かなりの黄ばみ・・・ これはもちろんジャンルとしてはSFということになるけれど、映画をネタにしたある種のラブ・ ストーリーで、せいぜい中篇レベルの長さなのに、出てくる映画やその引用の多さは半端じゃ ない。実は「映画」という括りで、高峰秀子さんの伝記に続けてみようか、なんて思って次に読 むものとして選んだ。ところがね、この続け方、日本と米国の映画の違いとかいう以前の問題 で、結果、ただ単に「映画」という言葉だけでもって繋いでみたに過ぎないとうことになっちゃっ た・・・ 時は二十一世紀の初め、ところはハリウッド。 デジタル技術の進歩とともに、映画産業からはフィルムも撮影所も俳優も消滅。新作と 言えば、かつてのスターたちの映像データを使ったリメイクばかり。はてしない再生産工 場となりはてた映画の都に、ひとりの女の子がやってくる。フレッド・アステアが死んだ年 に生まれた彼女の夢は、映画の中でダンスを踊ること・・・・。 (訳者あとがきの出だし部分) 『リメイク』は、自分ではいままで書いた中でいちばんいい小説だと思っている。注目度 ではいちばんじゃなかったかもしれないけれど。たぶん、映画が大好きなせいもあるん でしょうね。 わたしにとって、「リメイク」は映画についての小説であると同時に、作家であるとはどう いうことかについての小説でもある。作家はつねに妥協を余儀なくされている。成長する っていうのは、現実と妥協すること、生きるために夢を犠牲にすることだと思う。でも魂を 売ってはいけない。作家も俳優もアーティストも、そうやって現実と折り合いをつけてい くわけ。『リメイク』の主人公トムも、ハリウッドのプロデューサーたちを相手に妥協しなが ら、でも魂までは売り渡さずに最大限の努力をしている。(著者、1997年インタヴューより) 映画用語なのかパソコン用語なのかよくわからないが、どうも用語は今とは違って、作者の 創作になるものが多いみたいなので、はじめは理解しにくい部分が残る感じがするものの、 だんだん慣れてくるみたい。ハードの部分が重要な要素でないとは絶対に言えないので、そ のあたりは、つまり今の言葉遣いとはだいぶん違っているみたいだという違和感として残る感 覚がぬぐえないとはいえ。 時間旅行の要素もある。これはうまい使い方! 主人公の若者は大学生なのに映画界にいて、請われるままに、政策や道徳上の問題から、 映画から酒の部分を取り除いて編集するなんてことを、コンピュータ上で処理するというよう な「仕事」もやっている。 自身ではアルコールやある種の薬にどっぷり浸っている。 一方彼女はアステアに憧れて踊りを習いたいと思っているようなんだが、でどうしようというの かわからない、ちょっと捕らえにくい女の子。だって、もうどんな映画だろうが、かつてのどん な有名俳優の顔を使ってでもリメイク可能だから、俳優は要らないし、踊りだってすごい振り 付けが残っているのだから、踊りの先生だってもういない。 彼と彼女は接点を持つが、そのうち彼は大変なものを見つけてしまう・・・ 権利関係はここに至っても、色々と解決していないようで、この小説中、超重要な役を割り振 られているフレッド・アステアは、もちろんもうとうに亡くなっているんだが、にもかかわらず権 利の問題でもってズーッと係争中、という状態であるのが笑わせる。 巻末にはめったやたらとでてくる映画関係のトリビアの訳注と、中に出てくる映画の題名のデ ータがしっかり納めてある。もとはそんなもの、付いていないわけで、これはたいそう親切。 ‘このミス’にも顔を出す訳者大森氏の指示なのかな。 知らなくても楽しめるが、知っていたほうがさらに楽しめるだろう。 映画ってどうなっていくんだろうという疑問に対し、科学的にどうなんだろうと考えさせる面が
たしかにあって、それが文化論へもちゃんとつながりそう。誰もが楽しめるかどうかというと、 ちょいとそうはいかないかな。 しかしまー、よくもこんなに映画が盛り込めたもの! かわった名作だと思う。 |
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2013年07月15日
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