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20130409(了) 多島斗志之/小説『症例A』 <★★★★> 主人公である精神科医榊が同じ職場の臨床心理士広瀬由起に連れられて、彼女の師を訪 れる。そこで彼女が多重人格であって、他の人格に代わるのを目の当たりにする。そのとこ ろはいたって冷静に読めたんだが、その師(重い病に取り付かれている)が、彼女のことを 喋り始め、他の人格(交代人格)がようやく現れるくだりでは、髪の毛が逆立ちましたね。 こういうゾワゾワ感、久しぶりでした。ホラーでもないのですよ。 ‘なんだよ、××じゃないか’などという若い方のものらしい投稿を見てしまって、げっそり、腹 が立ったが、まあそれもおさまった。自分の感想を書き付けていて書くのもなんだけど、人の 感想なんてあまり気にするもんじゃない。でも書く以上は、それも貶した書き方をするときは よっぽど注意しないといけないことは、心得ておかんとなぁ。 2000年の“このミス”じゃ、第9位にランクインしていたくらいだから、ミステリー系と思われて しまうだろうし、この作者もミステリー系だと普通見られているもの、ミステリーは読まないと いう方からは多く無視されたんじゃないか。 そのへん想像なんで、その通りだったかどうかは責任持てないけれど、無視されたのなら もったいない話。今でも面白いから、是非! 「モア船長」ものもそうだった。 非常にレベルの高い‘エンタテイメント’だと思いました。 ・・・と書いてみて、これは実はむりやり小説の形にしたから、エンタテインメントと言えるのだ けど、そうでない形もありえて、つまりドキュメンタリーのタイプだよね、、、どっちがよかったか どうかはわからない。 おしまいの方は、読み終えるのが惜しい気がしながらだったが、、もうあとほんのわずかしか ページが残っていないのに、まだこんな状態かいなと、やきもき。 急転直下、エンディングを迎えた。 長い解説部分がいくつもあって、これが案外オモロかったりしたのに対し、余韻が乏しいのよ!
いや・・・でもこの小説はここでひと区切りつけたのがきっと正解でしょう。読み終えた今は
そう感じてます。ただ、博物館の話が若干、未消化でしょうか。ワタシは疵ではないと思うのですが・・・。 この作家の短編も何か読んどかなきゃいけないと思ってます。 オリヴァー・サックスの著作を読むのとは、だいぶん違うわけですが・・・
ともあれ、これは推薦図書やねえ。 |
本の鑑賞記
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これこそ雑多。でも小説が多いでしょうね、結果的には。
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20130326(了) 田丸公美子/『パーネ・アモーレ』イタリア語通訳奮闘記 Pane e Amore 私が出会った人たち シモネッタ以前 通訳ア・ラ・カルト (解説:米原万里) 2004年/エッセイ/文春文庫/(単行本2001年)/中古 <★★★★> (表紙解説) TV局から依頼された法王のクリスマス・メッセージの通訳。放送開始まで20分。 電話で音声を聞き、訳した原稿を持って6歳の息子がFAXに走る…手に汗握る聖夜の出来事 を始め、日本最強のイタリア語同時通訳が明かす楽しいエピソードが満載。日伊文化比較 や語学の上達法等、ためになる情報もいっぱいです。 上に書かれているように、確かに中身は面白いのだけど、この方のキャラクターゆえ、という ところもおおいにあずかっていると思う。 とまれ、この方の初エッセイ集だそうな。 ワタシが大好きな故米原万里さんのエッセイにも度々登場し、元は米原さんに献上された渾 名である「シモネッタ・ドッジ」を今度は米原さんから譲り受けた。 ‘シモネッタ’はもちろん‘しもねた’のことで、連発するしもねたの薀蓄がすごいという。この エッセイにもその片鱗はけっこう読み取れる。 でもご自身のほうは意外や身持ちが固いというか・・・そのギャップもたいへんなもの。 というところで、通訳家業の大変さは米原さんの本でずいぶん読んだから、いくらかわかって いるつもりなので、うんうんと頷けるが、ここでのもうひとつの主眼は、イタリア人てヤツは!!!っ てことなのね。そのイタリア人に感化された(のだろうと思う)田丸さんの奇行の一端が、いく らかわかろうというもの。 ロシア語の米原さんとはずいぶんとキャラクターが違うものの、いい友達であったろうことは、 想像に難くない。そのエッセイの毛色だって違っているけれど、面白いこと無類。 言葉系はワタシ、好きなんだな。イタリア旅行、とまでは行かなかったかもしれないけれど、 綺麗な風景だけを観に行くよりはよっぽどオモロイとは言えるよ、きっと。(負け惜しみ) 米原さんの死に慟哭するようなエッセイを含んだものも以前見かけて、これは避けている。 ま、こんなところで、おしまい・・・にするのはちょっともったいないので、短めの一篇を紹介。 丸々引用。 通訳ともイタリアとも関係がなく、シモネッタとして子供をダシにしたもの・・・ <親の鏡> ヒトゲノムを解読した人物が、人間の性格、資質は親の遺伝子と環境の影響と断言してい
た。息子も幼い折りから優れた言語能力を発揮したものの、まさに“親の鏡”、親として赤面 反省することが多かった。幼い子供は自然を擬人化し、思いがけない詩心にあふれた表現を するが、わが息子は星菫調には縁がなく、ひたすら理屈っぽかった。四歳のとき、叱られて 「パパの怒り方は不条理だ」と泣き泣き叫んだ時には、私たち夫婦は絶句したものである。 親の理屈と命令口調が影響した例をあげると、一歳のときの保育ノートに、 「いつも園では、みんなで使うものは大事にしましょうと教えていたのですが、今日お散歩 の時間、道路工事のおじさんのもとに走り寄り、『おじちゃん、みんなが使う道をこわしちゃだ めでしょ。すぐに直しなさい』と抗議していました。足もともまだおぼつかないちびちゃんに堂々 と注意され、おじさんたちは笑いころげていました」とある。 五年間通った保育園の連絡ノートは約二十冊、幼い子供が環境、すなわち親の会話や態 度の影響をいかに強く受けるか如実に見えてくる。わが家では性に関するタブーはなく、シモ ネッタの息子にふさわしい言動を幼いときから展開した。 一歳になったなったばかりのころ、遊園地で見知らぬ同年代の女の子に近づき、「かわいい ね。一緒に遊ばない?」とナンパしたのを皮切りに、次々と仲良しの女の子を入れ替える三歳 の息子に先生が、「雄太くんはゆかりちゃんと結婚するんじゃなかったの?」と聞いたところ、 「ウウン、あの子とは遊ぶだけ。それに結婚すると、あとから他の子が結婚してって頼みにき ても、できなくなるでしょ」と答えた。先生が続けて新入生の女の子の名前をあげ、「あの子は どう?」と聞くと、「うーん、顔がちょっとね」 長じた今、「おっぱいも性格もあくまで顔のオプションにすぎない」と豪語。本体(顔)機能最 重要視でガールフレンド選びをしているのも、三つ子の魂百まで、なのだろう。 二歳の保育園ノートには、もっとびっくりすることが書いてある。 「お昼寝の添い寝のとき、『雄太くんのパパはどんな人?』と聞くと、『うーん、うちのパパは いびきはかくし、浮気もするしね』と言います。びっくりして『えっ、浮気してるの?』と聞くと、 『うん、寒いからね』ですって」 同じころ、私は息子に「今日のママは優しいね。外でいい男に会ってきたんじゃないの」と 言われている。夫への私の軽口の影響であることは間違いない。 私に頼みごとを断られた夫が、そばにいた三歳の息子に「ママって意地悪だね。雄太は優 しい女の人と結婚しなさい」とアドバイスしたところ、「パパ、女はみんな同じだよ。あきらめな さい。」と言われてしまった。 五歳の保育園ノートになると、さらに言葉巧みになっている。 「雄太くんがお楽しみ会でH先生の手品の助手を務めることになりました。『みんなには絶対 内緒ね』と、手品の種を見せながら言うと、雄太くんは『ぼくはいいかげんなやつに見えるかも しれないけど、口だけは固いからね』と答えたそうです。先生たちは大爆笑でした。」 ノートを読んだ私が帰宅した息子に、「先生が手品を失敗して、雄太が本当に消えたらどう しよう」と言うと、「大丈夫だよ、保育園の手品は子供だましだから。それにぼくが消えたら、ま た作ればいいじゃないか」 このころはまた、交渉能力も発達し、自分の誕生日に高価なおもちゃをねだり、「買ってくれ たら、ママにも好きなおもちゃプレゼントするから、ね―」 私「ママの好きなおもちゃ?? 何よ」 雄太「ぼくの子供だよ。孫つくってあげるよ」 ・・・・・・唖然である。 やはり五歳のある日、私がテーブルで物思いにふけっていると、近づいてきて、「ママ、何 悩んでいるの?」 私「雄太に言ったら解決してくれる?」 雄太「パパが解決してくれるんじゃない」 私「解決って、何?」 雄太「お金を出すことでしょ」 五歳にして金の力も熟知し、小学校にあがるとさらに大人顔負けのお喋りで楽しませてくれ た息子だったが、中学入学を境に語彙は激減、ほとんどの会話は「うっせー」で終わるように なった。 「ママ」とも呼ばれなくなって、久しい。 |
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20130318(了) 佐藤雅美/「向井帯刀の発心」―物書同心居眠り紋蔵 歩行新宿旅籠屋 逃げる文吉 黒川静右衛門の報復 韓信の股くぐり どうして九両(クレヨウ)三分二朱 旗本向井帯刀(タテワキ)の発心 2010年1月/時代小説/(単行本2007年)/講談社文庫/中古 <★★★★> “紋蔵はもとの例繰方に戻された。” なんだ。戻されたのかよ。
それはそれは・・・。 この前に読んでいた「東京骨灰紀行」の大江戸と、なんだか上手く繋がっちまったネ。 こんなのどうですか。 店としてある。玄冶店というのは岡本玄冶という御医師が、公儀から新和泉町に拝領した 町屋敷だ。現在の文京区の春日町は三代将軍家光の乳母春日局が公儀から拝領した これまた町屋敷。町方の与力・同心の八丁堀の屋敷も大縄拝領町屋敷で、これら拝領 町屋敷は拝領した土地で金を払って買った土地ではないから占有権はあるが売買できな い。したがって沽券もない・・・ りの中に‘ゲンヤダナ’が出てきて、これにも思わずヘーー、そうだったの。 春日八郎歌う「お富さん」の歌詞の中に(歌詞を見たことがないのがいけなかったんだろうが、 なにせ子供の時分に聞き覚えた歌なんで・・・)確かにゲンヤーダーナァーってのがあって、 一体なんのこっちゃ、とちょっとは疑問に思ったものの、とうとう知らぬまま大人になっちゃった。 こんな年齢になってやっとわかった。10年20年前なら恥ずかしいが、今はこんなこと知らなく ったって、良くも悪くも全然恥ずかしくない。こんなふうだったのね。あるある、玄冶店。 仇な姿の 洗い髪 死んだ筈だよ お富さん 生きていたとは お釈迦さまでも 知らぬ仏の お富さん エーサオー 玄冶店(げんやだな) 風も沁みるよ 傷の跡 久しぶりだな お富さん 今じゃ呼び名も 切られの与三(よさ)よ これで一分じゃ お富さん エーサオー すまされめえ 情かけたが 身のさだめ 愚痴はよそうぜ お富さん せめて今夜は さしつさされつ 飲んで明かそよ お富さん エーサオー 茶わん酒 誰が弾くやら 明烏(あけがらす) ついてくる気か お富さん 命みじかく 渡る浮世は 雨もつらいぜ お富さん エーサオー 地獄雨 らん。 往左往する紋蔵。こちとらの同情心は若干湧くんだが、つまるところ案外彼は生き生きしてい ましてね、その解決の工夫や、深追いしない余韻が、いつもながらに心地よく、同情も心配も いらないみたい。トレードマークの居眠り(ナルコレプシー)は言葉の端々にでてくるだけ。 といっても、紋蔵自身の悩みはいろいろとあって、メインは子供たちや後継ぎのこと。今回の 一連のお話の裏になったり表になったり。悩ませる元というと、その最たるものは、吟味方 与力黒川静右衛門という御仁で、はじめは子供のけんかにしゃしゃり出てきて、その後こじれ にこじれる。まあいわば紋蔵と同じ側に立っている男で、だからこそ始末におえない不倶戴天 の敵。頭がよく教養もあるのだが、それだけでは人としてどうかはわからない、という見本み たいな男で、その逆恨みは紋蔵側からは迷惑以外の何者でもない。ともあれ、その黒川が 絡んだ話は最終的にはおよそはばたばたと決着がつくものの、藤木家の行く末はこの段階 ではいかにもお寒い。 一体どうなっていくのだろう・・・ |
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20130306(了) 小沢信男/『東京骨灰紀行』 (1927- ) ぶらり両国 新聞旧聞日本橋 千住、幻のちまた つくづく築地 ぼちぼち谷中 たまには多摩へ しみじみ新宿 両国ご供養
あとがき&文庫本あとがき
解説 足裏が見える世界 黒川創 2012年/エッセイ/ちくま文庫/(単行本:2009年10月) <★★★★△> 著者82歳の時の本。といっても2009年だから、ごく最近。で、早くも文庫化された。 朝日新聞が2010年に、読書欄に企画した「ゼロ年代の50冊」という特集のなかで、なんと8位 にランクインしている。 章でもってあちこち区切りながら年寄りが東京をぶらつくのです。「死者の記憶を訪ね歩く紀 行文」「大江戸・大東京の乱離骨灰史」「震災・大空襲・牢屋敷跡・仕置場跡・・・掘り起こす、鎮 魂行。」などと紹介されている。文学系のかたなのだが、全く知らなかった。 ああ、‘骨灰’はふり仮名によれば‘コッパイ’もしくは‘コツパイ’と読むようです。 むかしとの対比、と言っても江戸時代より古いのはでてこない。 爺さんの割には、語り口が実にホンワリ、軽やか。かつフットワークがしっかりしている。 柔らかい口語体で、時にはお喋り口調も混ざる。あたらしいカタカナ言葉だって使っちゃう。 それがバランス的にいいみたい。のんびりおしゃべりしているようだが、情報量は相当に猛烈 なもので、物語を読むようには行かない。 そのお喋りや情報の中身というのは、、こう軽やかでいいのかと思えるようなもので、つまり は累々たる死や死体の山の上に築かれた東京という町のこと。掘ればすなわち元お墓など で、人骨ザクザクみたいに思えてくる。実際はそうでもないんだが、この町はそれにしても 他の都市と比べて、飛びぬけて尋常でない屍の数の上に築かれた都であることは確かなよ うなのね。 のんびりした語りの向こうに、時々本当にリアルな死屍累々や阿鼻叫喚の風景などが見え る気がするときがあるんよ。いやホンマ。 でも軽やかな歩みや口調(?)が上手くバランスを取っている感じで、血なまぐさいものを、そう は感じさせない。 一見トリヴィアルな細かい情報も、うまーく料理されて、決して退屈させない。というかそうい うトリビアにいわば命を吹き込んで回っているかのごとき。さすが。 ただ残念ながら、ワタクシメ、めっぽう歴史に弱く、東京の土地勘も全くないので、あああそこ がねえ、なんていうふうに思えたりすることはまずない。浅草すら大して記憶にないもんね。 (実は1年は板橋に、1年は志木市に住んでいたんです。) この小さな文庫にさりげなく納まっているなかに、なんとも豊穣な歴史感覚というか、先達か らの続きなんだと言う感覚を持つことが出来る。これこそ読書やなあと。 のんびり読み進めて不都合は感じないし、ちゃんと散歩、してはるみたいやし! 「散歩と言えば、自分にとって最低線の運動が散歩、なんていう日も必ず来るわけですなぁ。 プッツンしたりポックリ逝ったりしない限り・・・」(というのはワタシのホントの感慨です) といったふうに「・・・なんですなぁ」とかいった口調が時々登場する。「ぁ」は小文字。これが絶妙。 これを「ゼロ年代の50冊」として個々紹介した回(2010.5.23)に、アンケートの回答の一部が載 せてある。 「東京をひっくりかえす心地よさ」(ノンフィクション作家/枝川公一) 「現代東京の深層には江戸以来のおびただしい死者の骨灰が埋まっている。本書はその 縁の地を訪ね、洒脱な語り口で死者の歴史を掘り起こした異色作。思わず息をのむ迫力 がある」(中国文学者/井波律子) 「今の東京を歩く小沢さんと古い文献の“水位”がぴったり合っている軽やかさが素晴らし い。東京の地の下の死者たち。やがてみんなその一員になれる晴れ晴れとした空気が漂 っています」(ノンフィクションライター/与奈原恵) 文庫本になっちまえば小さな1冊だけどね、こらぁ名著かも。
大推薦。 |
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20130218(了) アーロン&シャーロット・エルキンズ/プロゴルファー リーの事件スコア5 「悲劇のクラブ」ON THE FRINGE 寺尾まち子訳 2013年1月/小説(ミステリー系)/米Copyright:2005年/集英社文庫 <★★★△> 内容詳細) 恩師がレッスン・プロを務める由緒あるゴルフ・クラブの百年祭に招かれ、ハワイ を訪れたリー。マクベス城のような雰囲気のクラブハウスを持つこのゴルフ・クラブには奇怪 な伝統が数々あった。その中のひとつ“誓いの詞”の意味を知っている唯一の人物、ハミッシュ が殺される。これはハワイ原住民に伝わる呪いのせい?否応なしに巻き込まれたリーが探 るうちに浮かぶクラブの暗い歴史。好評シリーズ完結巻。 とうとう最終巻。 リー・オフステッドはハワイくんだりまで来るんですが、こりゃ結婚式も兼ねて、招きに応じた ようです。 残念なことに、前回のようなゴルフでの活躍がない。 ちゃんと殺人はあり、ミステリー色はなかなかあるんだが、決して本格ものにまでは発展し ない。おどろおどろしさもない。殺人なのに、むしろ、これって事件なの?ってくらい。 ハワイに実際にこんなにごてごてとして歴史を感じさせ、由緒あるゴルフクラブなんてあるん だろうか。あったら行きたいもんだ。 でもここでプレイされるのは、あくまでゴルフにかかわりがある程度のお遊びやゲーム。ほと んどバカみたいな。 そういうお遊びにリーもリーの友人ペグもお手伝いとしてかかわったりする。 フィアンセは警備的にかかわったり、警察の手伝いをしたり・・・ これを読んで女の子が、ああゴルフしてみたいなあ、なんて思うかなあ。そりゃないね。 でも、読むのはやっぱり女の子なんじゃないか。あっさりしたロマンスに不満を覚えつつも。 ゴルファーとして、一人の女の子として、仕事と恋に悪戦苦闘。どちらも手抜きが出来な いリーにものすごく共感!(古閑美保さん) それともワタシみたいなオッサンが主な読者だったりして・・・ まさか。
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