|
3月13日(日)正午開演
入場料¥2000
私は、二十番「夜啼鳥」の替手(ツレ弾)
と四十九番「夜桜」の唄に出演させていただきます。
|
小唄つれづれ
[ リスト | 詳細 ]
小唄(こうた)は、もともと端唄から派生した俗謡で、一般には江戸小唄とされる端唄の略称です。
小唄として定着したのは、明治・大正年間であるといわれています。
また、端唄は撥を使うのに対して小唄は爪弾きで、 弾き方は爪弾きと呼ばれていますが、
正式には爪は糸に当ててはならず、人差指爪先の肉で弾くのが基本です。
そして、端唄とは節回しに大きな差異があり、端唄は平坦に歌うのに対し小唄は技巧的に唄う事に趣を出します。
小唄として定着したのは、明治・大正年間であるといわれています。
また、端唄は撥を使うのに対して小唄は爪弾きで、 弾き方は爪弾きと呼ばれていますが、
正式には爪は糸に当ててはならず、人差指爪先の肉で弾くのが基本です。
そして、端唄とは節回しに大きな差異があり、端唄は平坦に歌うのに対し小唄は技巧的に唄う事に趣を出します。
唄う場は主に、お座敷(4畳半)が多かった事で、撥を使用すると音色が大き過ぎる為に自然と爪弾きとなり、 三味線は端唄と違い中棹を使用しています。これは舞台など広い場所での演奏機会が増えるにつれ、音のより大きい中棹三味線が使われるようになり、 使用する糸は端唄より太く、駒は端唄よりも大きな木製の木駒を用いています。 呟く様に軽妙に粋に唄うのが特徴でしたが、演奏場所が広くなるにつれ変化しているのは文化は時代により進化する現れでありましょうか。
基本は三味線1、唄方1であるが、替手や上調子、下調子が入る唄もあります。
基本は三味線1、唄方1であるが、替手や上調子、下調子が入る唄もあります。
演奏時間はおよそ一分半から三分程度。長くとも五分以内で、詞の内容は遊里物・遊女物(遊里のお色気を扱ったもの)、慕情物・情痴物(市井のお色気を扱ったもの)、芝居物・役者物(芝居や役者を題材にするもの)、バレ唄(諷刺・洒脱のきいたもの)、田舎唄(民謡系)などがあります。
端唄は鳴り物が入りますが、小唄は三味線のみでの演唱となります。
現在は「和敬三月穂=わけいみずほ」の流名を頂き、舞台に上がらせて頂いております。
端唄は鳴り物が入りますが、小唄は三味線のみでの演唱となります。
現在は「和敬三月穂=わけいみずほ」の流名を頂き、舞台に上がらせて頂いております。
和敬会の創立と系譜
●創立
昭和初期、大阪田村派だった吉、幸、糸の三師が田村派を離れて、糸の主催する「和敬会」の名をそのままに「小唄和敬会」を1957年6月に創立。
昭和初期、大阪田村派だった吉、幸、糸の三師が田村派を離れて、糸の主催する「和敬会」の名をそのままに「小唄和敬会」を1957年6月に創立。
●目的
和敬の名のごとく小唄を同じうする者が手をつなぎ、互いに敬愛し和して機微して芸道を歩み、小唄発展に寄与する。
和敬の名のごとく小唄を同じうする者が手をつなぎ、互いに敬愛し和して機微して芸道を歩み、小唄発展に寄与する。
●歴代
一世会長 和敬 吉 1957〜1916年
二世会長 和敬 糸 1976〜1986年
三世会長 和敬 糸女 1986〜1987年
四世会長 和敬 生由 1987〜2000年
五世会長 和敬 由三郎 2001〜現 在
一世会長 和敬 吉 1957〜1916年
二世会長 和敬 糸 1976〜1986年
三世会長 和敬 糸女 1986〜1987年
四世会長 和敬 生由 1987〜2000年
五世会長 和敬 由三郎 2001〜現 在
|
第3回「小唄で和ハハ!」が、無事終了いたしました。
座敷いっぱいのお客様にご入室頂きまして
嬉しい悲鳴を上げておりました!
皆さまのお力添えのお陰で、和やかに終演を迎えさせて頂きました!
また、ブログを見て来て下さいました皆さまには
遠方からのお出向き、心から、御礼申し上げます!
そして、いつもお手伝いして下さる^^、
御弟子さんたちやスタッフの皆さま!
会場提供してくださいます「居酒屋ぴえろ」さんに
厚く感謝申し上げます。
今日のkikuさんの「チョンボ」は・・・・
奈良小唄!を唄うのを忘れた事です!
皆さま(>_<)ごめんなさい!
プログラムに掲載しておりましたのに
コロット!忘れておりました^^。
次会には、必ず^^唄いますね(アセアセ;)
さてさて、以前に手作りのページで、ご紹介した!
布団生地の、幕! ↓いかがですか^^?
本日「お披露目」となりました!
ちょっと、雅な演奏会に見えますでしょうか^^!
マぁ!たまには、こんな雰囲気もいいかもね!
上田市長様のご挨拶で、開演です^^!
箏曲演奏と、三味線の後は!
楽しい「腹話術マジック」で、皆さん!大いに盛り上がりました!
第3回も、無事終わり、ホット一息です。
皆さま^^、これからもよろしくね! |
コメント(14)
|
毎年、恒例の新年会でした(23日)
1月は、何かと忙しいので、会の少ない2月に「新年会」があります。
一人ずつ、日ごろの成果を披露します^^”
その後は、楽しいお食事会です(^◇^)
一般には江戸小唄とされる端唄の略称。
略称として定着したのは、明治・大正年間です。
関西人には、余りなじみが無くっなてきているかもしれませんね。
昔は、酒宴の席で、もてはやされたのは
端唄・小唄・上方唄でした!
特に、奈良県は小唄人口が・・・・・
超〜〜〜少ない!
26日(土曜日)
↓小唄でワハハ開催!
26日(土曜日)午後2時開演!
|
|
今日は大阪のNHK放送局↓に行きました。
3月10日(木曜日) 11時より
NHKFM放送(全国ネットですよ^^”)
「邦楽のひととき」↓
http://www.nhk.or.jp/koten/program/
に出演させていただく、小唄の収録でした!
演目は
曽根崎
長崎ぶらぶら
夜桜
の3曲の収録を行いました。
唄 和敬由三郎(わけいよしさぶろう)
三味線 和敬梅由(わけいうめよし)
替手 和敬三月穂(わけいみずほ)
私は 長崎ぶらぶら と、夜桜 の
「替手三味線担当!」です。
お時間のある方は、聞いてくださいね〜!
|
|
至って、元気な母なのですが!
夕べ、激しい嘔吐↓をしましたので、朝、様子を見に行くと!
「力が体に入らへん!夜中、下痢した!」と言うのです。
あちゃ〜〜〜〜!
やっぱり!「ノロ」かしら?
と、あわてて、之又、病院へ〜〜〜〜〜〜!
今日は、私は「小唄の事始め」で、
どうしても大阪へ行かなくてはなりません(>_<)
師匠にすぐに電話を入れ、私を待たずにお始め下さい。
顔だけは出させていただきます。と!
診断の結果、母はノロでは無いらしく
胃腸が少し、弱っていたのかもしれませんね。と、
4日分のお薬!やれやれ!
診察と点滴が済み10時半に母を家に連れて帰り
「おとなしく寝ときや!夕方帰ってくるから!」
食欲が出るまで、食事は取らないようにとの、お医者様からの診断!
枕元に、水と、ポカリを置いて!
3時ごろ!今度は主人からでんわ〜〜〜〜(@_@;)
「おれ!あかん! 下痢!止まらへん! 病院へ行ってくる!」
こうなると、我身も心配になってきましたが、
幸い、今のところ、症状は無し!
夕方、帰宅しますと、姑さんは、ご機嫌で
「あら〜。美恵子さん、来てくれたん。英治おらへんけど、
何処へいったんやろ!?」
「お母さん、気分はどう?」
「なんともないよ!なんで?」
「???昨日の事、覚えてない? 病院へ行って、
隔離された部屋で点滴してもろたん?」
「知らん〜? 何処わるいの?」
「あちゃ〜〜〜^^” 覚えてませんか!
ノロウィルスっていう伝染病になったんよ〜!
英治さんも、下痢が止まらんいうて、今、病院で点滴中!」
「あら! 私が、移したん?」
「どうやろうね〜〜〜! 二人とも、昨日から
かかってたのかもしれへんし!
とりあえず、今、病院へ行ってるから!」
「ご飯は?たべれる?」
「お腹、空いてへん」
「そんなら、ポカリ飲んで、休んどき! 食べたくなったら言ってね。」
と、薬を飲ませ寝かしつけ帰宅!
姑さんの検査結果はプラスで「ノロ」でした(>_<)
主人は、まだ、解りません(-"-)
私の母も、食欲は無いから、寝とくわ!と、横になっています。
母も、私にくっついて、何処へデモ、行きたがるので
ずッと、外出続きでした。
疲れが出ているのかもしれません。
皆さまも、暮れの忙しい時期!
くれぐれも、お体を大切に!なさってくださいね。
★本日の事始め↓★
今年の事初めは!
朝から、そんなドタバタで
「着物」を着て行く時間がありませんでした! 来年も、皆さまにとって、幸多い年となりますように!
|



