静かな生活

心理・教育・福祉問題ほか、生活の中で発見したことに関し比較的短い文章によるデータベースにしていく予定です。様々なジャンルに挑戦!

JOB(家裁、法務教官関連)

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嫌な事があって、いつまでも頭から離れず、
そのことばかり考えてしまい、やるべき事に身が入らない時がある。
そうなると、忘れようとすればするほどかえって意識してしまうもので、
例えば相手に馬鹿にされたことが忘れられないのであれば、
しまいにはその相手のことを殴り倒したいとか、
恥をかかせてやりたいとかまで頭をかすめるようになる。

実は、ここ数日間の私も、少しそれに近い状態で、
勉強に気持ちを集中しようと思えば思うほど、
友人Kや自分に冷たい歯医者の姿が鮮明に思い返された。                               
しかし、頭から離れないで悩んでいた嫌な思い出が、今日は大分薄らいできた。

これは、ひとつには日数が経って記憶が薄らいできたこと、
また毎日おこなっているジョギングによって
リラックス気分が高まってきたことも要因として考えられる。

また、実践はしていないが、
調べてみると、「笑いのネタにする」、「友人に電話して気分転換」、
「自分が楽しいと思うことに没頭する」、
「相手の悪かったところと実は正しかったところを書きだして見る」、
またこれは疑問に思わないでもないが「相手のことを可哀想に思う」とか、
様々な気分の切り替え方法があるらしい。


しかし、今回の一軒で個人的に最も効果的だったのは、
「今自分に求められている役割を意識すること」である。

私は生活していくうえで、自分にいくつかの役割を設定している。
仕事人間とか、現実逃避に陥らないためには、
これらの役割は心身にとってバランスの良いものでなければならない。
私の場合、それは「心理教育福祉系の専門的な援助者になること」であり、
「文学、芸術、学問に親しむ人」であり、
他に「家族の一員」、「気が許せる友人」
「マラソンランナー」「日記執筆者」などもある。

果たしてこれらの役割をどこまでしっかりこなせているかは別問題として、
仕事とプライベート両面にわたる役割をいくつか持っていると、
ちょっとのことでは自信や生活がぶれずに安定する気がする。
そして、嫌なことが頭から離れないときでも、
自分が日頃から設定している役割を思い起こせば、頭の中では自然と、
今は悩んでいるのではなく、
「優先順位として何に取り組まなければいけないのか?」ということを”逆算”して
考えることができる。

そうすればしめたもので、
役割上やるべきことに取り組んでいるうちに、
自然と芋づる式に気持ちもやるべきことに徐々に集中され、
恨みに思う人物は頭の中から消え去り、
それが今度同じように強いストレスに晒されたときの自信へとなっていく。

とにかく、まずは自分のライフスタイルや目標に見合った役割を設定してみて、
少しずつ確立していくことからはじめたい。
もちろん、私も未だそのための試行錯誤の真っ最中である。

最近、私は自分自身が実は短気な人間なんじゃないか、と思うときがある。
ただ、自分で言うのもなんではあるが、私は親族、友人、知人、他人を問わず、
相手に対してかなり気をつかう方であり、相手を悪くいうことはほとんどなく、
相手のいいところを見つけてほめることが多い。
また、公的な場面でも、プライベートでもかっとなって物を壊したり、
嫌味を言うこともない。

では、なぜ自分が短気だと思うに至ったのか?
それは、私は自分でも気づかないうちに頭の中だけで
自分にひどいことをした(と思われる)相手に対してかなり激しい復讐を遂げていて、
ところが自分でも気づかないうちにその感情を押し殺し、
決してそれを外に出さずにいるのだと気づくようになったからだ。

ここ最近、麦の会での友人Kさんとのすれ違いや、
歯医者やレジでのぞんざいと感じる対応への憤りの気持ちがなかなか抜け切らず、
どうしてだろうと考えているうちに、
ふと、自分がこれまでもこうやって自分の怒りやストレス、
激しい気持ちを処理してきたのだ、と分かってきた。

ここ数日は本当につらかったが、
これまでずっと怒りやストレスを知らずに溜め込んでいたともいえる訳で、
この悪い習性に気づくことができたことは結果として本当に良かったと思う。

それにしても、ストレスが全くないことはありえないし、
一方ではストレスをためこんでしまうこともまた、
度が過ぎると心身に悪影響が出るのは必死だ。
私の場合、どちらかというと、いい人の枠の中で行動しないと
落ち着かない自分から抜け切れないところがある。
それはある意味で柔軟性に欠けているとも言えるわけで、
あまりにもひとつの方向性の自分に隔たりすぎると、
どこかで完璧が上手くいかずに大きな挫折をしてしまうものだと思う。

そういった意味では、先日NHKで放映されていた「爆笑問題の日本の教養」
(早稲田大学での公開講座で、いつもより長い一時間半の特別バージョン。実際の収録は3時間)は、
とても参考になった。
会場には現役の学部生の聴衆と、壇上の六人の教授がおり、
教授と爆笑問題の二人のパネルディスカッションとともに質疑応答がさかんにおこなわれていた。
番組の終盤に差し掛かり、
「これからの20歳の学生が世の中の閉塞感を突破していくために必要な力とは何か?」という、
ある学生が番組の核心に触れる質問をした。それに対し回答したのは爆笑問題の太田さんで、
「ピュアじゃなく汚い自分と世界を引き受けつつ、
もがきながらも変わり続けること」「書物の知識ではなく、
自分のありったけの思いと考えを他人にぶつけてみて、
返ってくる良く分からない答えの多様性を楽しむこと」
「無垢なままじゃ、社会に生きる大腸菌いっぱいの連中には伝わらない」、
だいたいこのような内容だったと思う。

これまでの私が頑なに守ってきた「いい人」と太田さんの言う「ピュアさ」、
「無垢さ」はかなり重なるところがあるし、
また偶然にも私はどちらかといえば「書物だけの知識」によって物事を解決しようとする、
理想を追い求める考え方が強い。

しかし、汚れることを恐れずに今よりもより社会や他者に飛び込み、出来る限り向き合う努力をし、
そうしなければ見えてこないものがあるのだということが、
少しだけ見えてきた気がする。

LECの公務員講座の化学のDVD受講(青木博文講師)。
4回目の最終回。苦手科目なので勉強時間は倍近くかかったが、
かなり勉強のやり応えのある教科だった。

無機化学、有機化学の部分。章立てとしては、元素の周期表、
アルカリ金属、アルカリ土類金属、その他の典型元素の金属、
非金属元素とその性質、ハロゲン、希ガスとその気体の特徴、
遷移元素とその性質、有機化合物の分類など。

青木先生は地理の清水先生と似ていて
学生からの受けばかりを気にせずに、ためになる雑談も多くしてくれ、
理系の人でありながら歴史や時事的知識を中心にかなり博識な人であることが分かった。

例えば、一番風呂は実は比較的有毒な塩素が多めに残っているので、
二番風呂以降が安全であること(一番風呂好きの夫に感謝!)。
また、アンモニアを酸化反応させることで
硝酸アンモニウムを大量生産できるようになり(オストワルト法)
その結果人口肥料の量産が可能となったことで、小麦などの生産量が飛躍的に増加し、
人口爆発につながったこと。

一方で同じ硝酸は火薬の原料にもなるので、
ドイツのヴィルヘルム2世は硝酸の大量生産=火薬の大量生産可能になったことで、
第一次世界大戦の開戦に踏み切る大きな要因になったこと。

などなど、本当に目からうろこの話ばかりで、
人文科学の知識と、化学の知識の意外な接点はなかなか奥が深くて面白い。
内定が決まって時間が出来たら、図書館で本を探してみたいと思った。

何かを出来るだけ意識して自分を変えたいときは、
正しい姿勢を保つことを心がけてみるといいかもしれない。
よい姿勢が持続されていると、
その瞬間その瞬間で不思議としっかりと考えて反応できる傾向が多く、
流されてしまうことが少なくなると、私は思ったからだ。

NHKのがん患者の訪問診療についてのドキュメンタリー番組を見た。
大変なのは、これから私がなるかもしれない法務教官だけじゃない、ということを実感。

夜でも診療に飛び回っている医師の顔に目立つシワの深さと目線の確かさ、
そしてやさしそうな表情が
勤務の厳しさと尊さの両面を象徴しているようで印象に残った。

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