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 10月12日の産経デジタルに「向学心と使命感に燃えていた台湾少年工」があった。2回にわけ、原文のまま紹介する。

 【「いまも懐かしさでいっぱいだ。10代に同じ釜のメシを食べた仲間との心のつながり、喜怒哀楽は何年たとうとも忘れられない」

 第二次世界大戦期の昭和18(1943)年、日本統治下にあった台湾から選抜された10代の少年が神奈川県に位置した「高座海軍工廠」に集められ、今年で75年。終戦までの2年間で8400人以上の「台湾少年工」が戦闘機の製造に携わった。

 台北で生まれ、18歳で少年工になり、現在は元少年工の同窓組織「台湾高座会」の総会長を務める92歳の李雪峰氏は日本語でこう話した。

 元少年工やその家族らと日台の交流を長年続けてきた神奈川県の地元関係者らが10月20日、座間市や大和市などで記念式典を開くことになった。80代、90代になった元少年工20人に加えて、家族や対日交流に関心の深い台湾の若者、約70人も海を渡って出席する。李氏はそのリーダーとして再び思い出の地を訪れる。

 記念式典は「台湾高座会留日75周年歓迎大会」。甘利明・元経済再生担当相が大会会長として歓迎のあいさつをする。式典に先立ち同日午前、座間市の芹沢公園に建立された「台湾少年工(海軍軍属)顕彰碑」の除幕式も行われる。

 戦時中に父親が少年工の寄宿舎で舎監を務め、自身も少年工らと寝起きをともにしていた「高座日台交流の会」の石川公弘会長が、大会実行委員長の重責を果たす。
 
 子供のころ、台湾からの少年工たちを“兄貴分”と慕っていた石川氏は、「台湾少年工の戦時下における労苦と、戦後の台湾における知日団体としての働きに感謝する大会にしたい」という。

 ただ、「元気な方々も90歳前後になった。“第二の故郷”である『高座の地』で開催する大規模な歓迎大会としては、おそらく今回が最後になると思われる」と寂しげに話した。

 李雪峰氏が台北市内で少年工の仲間や友人たちと好んで集い、日本などからの来客と会うカフェが、松江路の「ゴールデンチャイナホテル(康華大飯店)」1階にある。

 李氏は目を輝かせて「台湾では当時、何万人もの10代の少年が向学心に燃えて少年工に応募したんだ」と流暢な日本語で話した。

 戦前の皇民化教育の影響もあっただろう。だが、李氏によれば、「勉強しながら働く『半読半工』で、給料や退職金に加え、上級学校の卒業資格が与えられる好条件にひかれた」。

 学校の推薦や保護者の承諾に加え、日本語や礼儀作法、体格など厳しいテストで高倍率を勝ち抜いた。小学校を出たばかりの、あどけない少年も少なくなかった。】

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