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「茅ケ崎館とパシフィックホテル三億円事件」
さて、曲がりくねった道を「茅ケ崎館」へ・
たどり着いたとき、玄関にいると、こちらの森様(長男さんです。 次男さんが今の当主)が、近づいてきました。
「今日は定休日なのですが、もしよろしかったら、館内を簡単にご案内いたしますよ」
願ったりかなったり!!
副編集長から、「うちのクライアントだけど名前出さないで見に行ってね」と言われていたので名乗らずにあがらせてもらう。
どうせ、私が会社のことも知らないで何かへまをすると思ったのだろう。はいはい・
通された応接室には、しっかりうちの新聞が...ありがたい。
応接間で小津監督の品々を拝見。
壁には昔の茅ヶ崎の写真もあり、パシフィックホテルの話が出た。
私は、じいちゃんがよくパシフィックホテルの中華に連れて行ってくれたので、お互い同じ店に行っていたわけだ。なのでその話で盛り上がった。
私:「ところで、そのパシフィックホテルで配っていたもの覚えていらっしゃいますか?」
森さん:『何ですか?』
私:「三億円事件のとき、ロビーに、三億円事件の犯人の写真が印刷された、三億円札がいっぱい置いてあったんですよ!!私、うれしくて、たっくさん持って帰っちゃいました!!!」
森さん:『へえ〜そうだったんですかあ〜〜〜〜?』
玄関には、初代がハワイから持ってきたものすごくでかくて重そうな木製のサーフボードが。
聞いたら、郵船の船乗りだったそうじゃないか。
すごい奇遇だが、うちのじいちゃんも郵船の船乗りだった。同僚か?
うちはサーフボードは持ってこなかったがオランダのチューリップは持ってきたぞ。
今もきれいに咲いている。
そして、最初の写真は戦前のステンドグラスが入ったお風呂場の天井。
関東大震災で壊れなかったのは、ここと江ノ島の老舗旅館のステンドグラスだけだそう。
お風呂場は、普段は見れないそうで、私たち本当にラッキー!!
さらに、小津安二郎監督のお部屋拝見。(下の写真)
小津監督が愛用された、例のカレーすき焼きをしたテーブルを出して見せて下さった。
森兄弟はその価値を知らずに、子供のころ、そのテーブルに乗ってよく遊んだそうだ。
さらに、奥の部屋はとにかく外人さんに大人気の部屋もあり、奥が深かった。
お庭まで丁寧に案内して下さり、小津監督がここに座り、映画の構想を練っていた、
というベンチや、好きだったお花まで見せていただけた。
震災の教訓で床下が高くなっている建物のつくりまでしっかりと説明して下さった。
著名人がお忍びで使われるという、素敵な隠れ家まで拝見させていただけた。
さらに伊藤博文閣下のゆかりの掛け軸や、当時の名士の会合の様子が描かれた襖絵まで。
きっとここにも貞奴は伊藤博文と訪れたのであろう。
そう思うと、めくるめく夜が私の妄想とともにぐるぐるぐるぐる〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
いやはや。簡単に説明します、と仰ったのに、延々一時間半!!!
お言葉に甘え長居させていただいちゃいました。
H嬢は長男様のおもてなしに感動しまくりだった・
来て良かっただろう?
こんなラッキーなことは取材でもめったにないぜよ。
さすが さやきーな。
時間思いっきりオーバーやん(笑)
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