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春の訪れ 秩父札所25番 久昌寺
秩父にカタクリの花が咲いたの情報で
久昌寺に出かけてきました
札所入り口にお地蔵様と石柱があります
このお寺は3度めになります
赤い山門は御手判寺の額がかかる仁王門
観音堂
弁天池の向こうに弁天堂と本堂が見えます
蓮池の向こうに桜が咲いてます
山の斜面にカタクリが咲き出しました
薄紫の反った花びらが綺麗です
早咲の桜が〜^
青空に輝いてました
2019年3月28日
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秩父札所めぐり
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秩父札所めぐり
今回で最後になります
29番札所 長泉院
参道入口には大きな枝垂れ桜があり、春にはその美しさが巡礼者の疲れを癒してくれる。また、境内には四季折々の花があふれ、奥には数多くの竹林の侘びが静けさを保ち、参拝者の目を楽しませてくれる
30番札所 法雲寺
以前にも行ったお寺です
寺宝として、天文年間の古納札六枚や「天狗の爪」「龍の骨」「楊貴妃の鏡」などがある。
ゆえに、本尊の如意輪観音は楊貴妃観音といわれ、鎌倉建長寺19世道隠禅師が唐より持ち帰った仏像といわれている。 周囲を山々に囲まれた立地条件もあり、非常に静粛さを感じさせる落ち着いた雰囲気で、古都、京都の寺を思わせる。
また、花の寺としても知られ、四季折々の花に彩られる。 特に4月下旬から6月下旬にかけて、つつじ、ふじ、さつき、あじさいの花が次々と咲き見事である。 法雲寺から観音院に向かう途中
気になっていたお蕎麦屋さん
そば工房 そば福に寄ってみました
触感のある美味しいお蕎麦でした
31番札所 観音院
観音堂の左手には「聖浄の滝」、滝の左側の岩肌には弘法大師が一夜にして彫りあげたと伝えられる「爪彫り千体仏」がある。又、境内・東・西の奥の院には、88体の弘法大師像を含む190体の石仏が安置されている。
何回か訪れている観音院
長い階段を上って行きます
9月になると両脇にシュウカイドウが咲いて綺麗です
季節はずれの紫陽花が咲いてました
32番札所 法性寺
以前雨の日に来ました
本堂の更なる奥へ道無き道を進んで行くと、奥の院の観音像及び大日如来像に出会えるのだが、その道はとても険しい。
しかし、そこから眺める壮大な景色は格別であり、苦労して歩むだけのなにかがそこにはある 次に来る時は奥の院まで行きたいと思います
33番札所 菊水寺
手洗いが菊の花です
本堂に直接入って行けました 広いです
34番札所 水潜寺
最後の札所になります
先月も行ってきました
本堂までの参道には、三十三観音石像が両側にずらりと並んでいる。また西国、坂東、秩父の百霊場の砂を1ヵ所に集めた場所に足型があり、この上から拝むと、改めて百霊場の功徳が得られるという。
2日間で34か所良く廻れました
札所でいただく散華を張ってみました
長い間お付き合いありがとうございました
2014年10月27日〜28日
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秩父札所めぐり
25番〜28番までになります
もう少しお付き合いくださいね
25番札所 久昌寺
観音堂から裏手に大きな池があって
綺麗な睡蓮が咲いていた
池の向こうに古代ハスが見えたので時期になったら
また来たいと思いました
お寺から出たところ
武甲山が綺麗です
26番札所 円融寺
本堂
27番札所 大渕寺
宝明(ほうめい)という名の行脚僧が、ここ影森の地で病に倒れ、7年の間病床にあった。そこへ訪れた弘法大師は、宝明から病の話を聞くと、聖観音像を彫り与えた。宝明は病の回復を祈願し、礼拝を続けた。するとどうした事か、7日目に霊験があり病は跡形もなく完治してしまった。これに歓喜した宝明は、弘法大師の彫った観音像を本尊として、堂宇を建立したという
28番札所 橋立堂
隣接して橋立鍾乳洞がある
切り立った崖に立っている
馬の観音様でしょうか |
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秩父札所めぐり
残りの札所めぐり もう少しお付き合いください
18番 神門寺
昔、この地は神社であったが荒廃してしまい、村人達は再建しようと相談していた。 すると、「神社ではなく、お寺を作りなさい」というお告げがあり、村人達はさっそく御堂を建て聖観世音を安置した。それからは信者も増え、ついに日本百観音霊場の札所にまでなった
19番 札所 龍石寺
20番札所 岩之上堂
札所の中で最古の建物といわれる観音堂
季節外れの ツツジの花が咲いてました
21番札所 観音寺
観音寺は、火難に対して霊験あるところから「火除けの観音様」とも呼ばれている。
街道沿いには芭蕉の句碑、宝篋印塔(ほうきょういんとう)、百万遍唱念搭、弁財天の石塔、地芝居役者の供養碑など、見るべきものがたくさんある。 22番札所 童子堂
物語】
讃州(香川県)に、ある農家の主人がいた。主人は金持ちであったが、飢えた行脚僧に食事を恵まなかった。しかし、その罰として、主人の息子は犬に変えられてしまった。罪を悔いた主人は、四国、西国、坂東の各霊場をまわり、童子堂まで来て詣でたところ、息子が犬から人間に戻れたそうである。 立派な茅葺の山門
可愛い掛けさんが飾られていた
23番札所 音楽堂
ミューズパークの一角にありました
観音堂の脇にある梵鐘(ぼんしょう)、秩父札所随一の音色として有名である。 鐘身には、人間の持つ108つの煩悩を表した乳頭(丸い突起)と、聖観音、不空羂索観音(ふくうけんじゃくかんのん)、十一面観音、如意輪観音、千手観音、馬頭観音の六観音が鋳込まれている。
境内には、秩父困民党無名戦士の碑もあり、日本近代史の始まりを偲ばせてくれる。 観音堂脇の晩鐘は秩父札所唯一の音色として有名
音楽寺という名前の由来は松の梢を吹く風の音から生まれた
寺の名前からヒット祈願に訪れる歌手が多いそうです
24番札所 法泉寺
観音堂まで116段の石段がある
本堂の上から見る武甲山が美しかった
2014年10月27〜28日
続きます〜
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秩父札所めぐり
11番札所 常楽寺
本尊の十一面観世音菩薩は90cmほどの立像で、そのご利益は、病気平癒と長寿に霊感あらたかなものである。ここを訪れる巡礼者はみな、長寿と家族全員の健康を祈願していくといわれている。 また、毎年1月3日に行われる、常楽寺厄除元三大師の縁日には、開運厄除けを祈って大勢つめかけ、大師のお守りをもらうとともに、配布される福だるまに、新しい年の御加護を祈る。また、毎年4月20日は本尊さまと辰歳生、巳歳生の守護本尊である普賢大菩薩の御祈願で賑わう。
12番札所 野坂寺
昔々、甲斐(現在の山梨)の商人がこの地で山賊に襲われた。商人は「もうこれまでと」肌に付けていたお守り袋から観音像を取り出し一心に「南無観世音」と唱えると、不思議にも観音像から光が射し山賊は恐れをなし退散した。山賊の頭目は商人に今までの悪事をわび、心を入れ替えて出家した。
修行を続ける山賊に心を打たれた商人がこの地に御堂を建立して観音様を安置したのが、野坂寺のはじまりだといわれている 睡蓮鉢がたくさんあってまだ綺麗な花が咲いていた
春先に又来てみたい
13番札所 慈眼寺
慈眼寺の本堂のすぐ右にある薬師堂は、目の守り本尊として有名でお堂 いっぱいに「め」と書かれた絵馬が奉納されている。
毎年、7月8日のあめ薬師と呼ばれる縁日は、境内に飴を売る露店が並び、 白いぶっかき飴を食べると、眼病平癒、無病息災(むびょうそくさい)の御利益があると、人々は争って飴を求める風景が展開される。慈眼寺の名にふさわしい行事である。 額絵を探したが見つからなかった
14番札所 今宮坊
昔、甲斐の武田軍と北条軍との戦が絶えなかった頃、武田軍が秩父にやってきては神社仏閣に火を付け、里人をいじめていた。
この寺は長岳山金剛寺と呼ばれ、修験者の道場として非常に栄えた寺であったが、武田軍に焼かれてしまった。「信玄焼」といわれ、今でもその文献や口碑が各所に残っている。その後建てられたのが、今の観音堂である。 15番札所 少林寺
これまでの札所とは違う印象を持つ本堂は、明治11年(1878)の秩父大火の後、防火に力を入れて洋風の建築方法を取り入れており漆喰塗籠(しっくいぬりごめ)、土蔵作りの建物で異彩を放っている。本堂右側の境内には、秩父事件で殉職した2人の警官の墓があり、時の内務大臣山県有明が碑文を書いている
16番札所 西光寺
昔、円比丘という僧がいた。ある夜、月を眺めていると老婆が現れ、「観音様を導くからどうか私の菩提を弔ってほしい」と言って姿を消した。円比丘がさっそく霊を供養すると、約束どおり観音像を授かり御堂を造って納めた。
それが、西光寺千手観世音様だといわれている。 17番札所 定林寺
御堂のすぐ側にある梵鐘(ぼんしょう)には西国、坂東、秩父百観音の本尊が浮き彫りにされ、それぞれの札所の御詠歌が刻まれている。この鐘には、悲しい母と子にまつわる伝説が残っている。また、県の重要美術品にも指定されている
札所巡りをしていて初めて梵鐘の鐘を打ってみました
続きます〜〜
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