小説「スパイス・ラブ」

スパイス・ラブ シーズン3 近々公開予定

スパイス・ラブ

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スパイス・ラブ(第1話)

 大島奈緒は、ボサノヴァ歌手である。

今夜もライブハウス「おとや」で、ギターリストの寺崎巧と共演していた。

 ここ西荻窪の駅前、ライブハウス「おとや」は音楽スタジオのあるビルの地下にあり、テーブルが6つ

ほどのお店だが、本格派ライブハウスとしてマニアの間では有名なライブスポットである。


 奈緒と寺崎は、同じ南米系音楽バンドの仲間として十年の付き合いになるのだが、デュオを組んでここ

「おとや」で演奏するのは3回目であった。だから、ユニットの名前はまだ決まっていない。

 奈緒は、ボサノヴァやサンバを中心とする歌手で、時にラジオの音楽番組ナビゲーターやサンバダンサ

ーもこなす幅広い活動をしていた。一方の寺崎は、スパニッシュや南米音楽のアコースティックギターの

ライブ活動、ギター教室を複数かけもつ講師などをしている。だから、ライブの客には彼の生徒も多いの

だ。


 11月も後半になると、夜はコートなしでは寒くて歩けない。だが、ここ「おとや」店内はまるで南国ブ

ラジルの熱気がムンムンであった。満席である。奈緒のMCに客はドカンと笑った。


「冗談はこのくらいにして、次にいきます。これも私のオリジナルで(テンペーロ)っていう曲なんです

が、ポルトガル語で(調味料)の意味です。スパイスもいいかなって悩んだんですが、ボサノヴァだから

ねえ・・・詩の中身は、こんな感じ。貴方は真夏の台風のように私を通り過ぎて行ってしまった。この辛

さはスパイスの効いたご馳走のよう。もっと時間をかけて、ゆっくり貴方と向き合っていたいのに」


 奈緒は緑、赤、黄、青、オレンジの混ざった、ブラジル系のドレスを身にまとう。年齢は30前後だろ

うか?セクシーな容姿と美声の持ち主で、客の多くは奈緒を信仰する熱烈なファンばかりである。

「今夜はポルトガル語バージョンで歌います」


 客の中にひとり、やや沈みがちな男がいた。

その男、作家の福元輝之は、近頃ヒット作が書けなくて悶々としていたのだ。それを案じた友人の映像作

家の丸山映一の誘いでライブに来ていたのだ。


 丸山とギターの寺崎は従兄弟同士である。だから丸山は常連なのだが、目当ての奈緒とは今だに親しく

話しをする機会がなかった。今夜は自慢のカメラでステージ写真を撮っている。ふと、隣の福元の様子が

気になった。福元はすでに奈緒に熱い視線を送っているではないか。カメラを置き、福元に囁いた。

「先生、ダメダメ、そんなに見つめたらまた惚れちゃうから」

「もう手遅れだよ」

 丸山はため息を漏らした。

「いいかい、先生!今夜は接待じゃないからね、先に言っとくよ」

 福元は視線を奈緒の方向にむけたまま、丸山の肩をポンとたたいた。

「また、昔みたいに、張り合いますかねえ」

 福元はビールのグラスをとり、丸山に乾杯を促す。渋々それを受ける丸山。


 ステージでは、寺崎のギターソロが始まっていた。彼のテクニックは冴えていた。一瞬にして奈緒のフ

ァンをも魅了してしまうのだ。

 ラテンギターの澄んだ響きが、店をやさしく包んでいた。

    
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