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第一日目上海から蘇州へ
上海は実に17年ぶりの訪問です。
最初に来た頃は、浦東空港はまだ出来ておらず、虹橋空港に降りました。
その頃の空港はとてもローカルな、田舎の空港そのものでした。
今回浦東空港の広くて近代的なのには、目を見張るくらい驚きました。
ガイドさんとも無事出会い、これから始まる中国江南の旅に心は弾みます。
空港建物を出て我等ツアー10名は、小型バスに乗り込みいざ出発。
しばらく走ったところでバスは、とある会社の構内に入ってゆきます。
敷地内にはいくつかの建物が建っており、正面に見える建物一階は
どうも、社員食堂のようです。
右手にある建物には「浦東机場浴室」の看板が表示されていました。
そこから出てくるおじさんは、どう見ても銭湯帰りのスタイルです。
手には洗面器にタオル、懐かしい光景ですねぇ〜!
私たちは正面建物の二階に案内されました。
そこは、昔よく在った団体さん専用の、お土産やさんの食堂風レストラン、
出てきた料理は・・・・レレレ・・・やっぱり、社員食堂かなぁ〜
けれど違うのはビール30元、お水15元・・・・・たかいやぁ〜ん!
お料理は結局だいぶ残ったようです。
これから先の食事が少し心配に・・・・・何しろ格安ツアーだし・・・・
と言うことで、ここを出て今度は蘇州に向けて再出発。
今回のツアーは後の便で来る方が合流し、総勢30名のツアーになるらしい。
後の便はかなり予定より遅れているとのことで、途中の地下鉄駅でガイドさんは下車し、空港に引き返し次の方たちを迎えにいくということです。
地下鉄の駅も真新しく、電車もきれいです。
街中を走っている車も高級車が多いですし、昔のように自転車はあまり見かけません。
走っているのは電動バイク、音がとても静かです。
日本のバイクもこれになると、音が静かで言いなぁ・・・と思いましたが
今は電力は駄目ですね、ソーラで走るバイクを考えると良いかも。
空港からは上海の市街地には入らないで、郊外に向けてバスは進みます。
道はとても整備され、車線も広く立体化されています。
高速道路も整備されていますが、一般道も高速道と同じくらい整備され
どこからが高速か解からないくらいでした!
しかしドライバーのわれ先に突っ込む運転には、ハラハラドキドキ胆の冷える思いがいたしました。
発展途上にある国は、あるいはどこも同じかもしれません。
タイに行った時もそんな経験をしましたが、昔の日本にも同じような時代があったんですよね、タクシーに乗ると右に左に車線変更しながら走り
そんなドライバーのことを・・・・え〜っとなんて言ったっけ??忘れてる・・・・
このごろパット言葉が出ない・・・年ですかねぇ〜?
蘇州に入るとさすがに水の都と言われるだけあって、あちこちに川(運河?)が
流れていて、ここも活気のある町のように見えます。
きょうのホテルはホリデイン蘇州です。
格安ツアーで泊まるホテルの割には、当たり前に普通の都市ホテルでした。
お部屋もきれいです。
NHKも見ることが出来ます。
窓から見ると周りは案外にぎやかな街中のようです。
少しお腹もすいて来ました、外に行くのも疲れたので成田から持ってきた
京樽の巻寿司を三人でいただき、今夜は食事に出る必要もなくなったので、
早く寝て明日朝早く周りを散歩し、探検することにしました。
昨夜は早く寝たおかげで、朝6時前には目を覚ました3人。
普段寝坊助の我が家族、そろって早く起きるなんて快挙です。
朝の食事はブッフェ、早速いただきに下りてゆきました。
中華粥や点心、生野菜などもあり品揃えはあまりよくありませんが
値段を考えると、まあ納得ですね。
食事が終わると楽しみにしているお散歩、
ホテルの周りをぐるっと2ブロックほど先まで行って、四角に回ってみました。
途中出勤する人たちが朝ごはんに、屋台で食べていたのは
豆乳と揚げパンのようなものや、鉄板の上でクレープのように焼いたもの
いろんな屋台が出ています。
我先にと割り込みをしながら走る車やバイクを見ながら、歩いてゆくと
大通りの向こうから買い物袋を下げた人たちが、大勢歩いているのを目にし
市場がある・・・・・!
旅行で一番好きな場所は市場なのです。
その土地に暮らす人々の顔が見えない旅はつまらないです。
市場はどこも活気があって楽しいです。
言葉が判らないのに、早口の中国語で話しかけてきます。
焼き餅(クレープのようなもの)や果物を買い、水とビールを買ってホテルに帰還。
あ〜あ・・・楽しかった!
今日は9時出発で、ろく直観光のツアーです。
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中国でもビールが飲めるようになったのですね。おなかは大丈夫でしたか?
2011/8/28(日) 午後 3:46 [ dogmomo3 ]
じゅんこさん、ビールは以前からありましたが、冷えたビールではありませんでした。
今回はどこに行っても、お水も冷やしたものを出されましたよ!
17年前は上海から夜行寝台車で北京に行きました。
コンパートメントの寝台で列車好きの私には楽しい旅でした。
ただしわが夫君は可愛そうに、売店のビールは窓辺に置いた
温かい物でした!まるでお燗ビール・・・・!
17年ですっかり変わった中国でした。
2011/8/29(月) 午後 2:53
そうですか。冷えた飲み物は必ずおなかを壊すといわれ、湯飲みの中と外を熱いお茶で消毒してから飲んでいた光景が見られましたが、今では冷えた飲み物も大丈夫になったのですね。それとも、、、上海だからでしょうか。
2011/8/29(月) 午後 4:14 [ dogmomo3 ]
kimono_koubou_2さん。おはようございます。
ご心配かけてしまって本当にごめんなさいね。そして、本当にありがとうございます。
僕は死ぬにしても、生きるにしても主の御心のままにと思っていますよ。
僕は、例え帰天しても、ずっとkimono_koubou_2さんのことをお祈りしていますからね。
上海に行かれたんですね。もうしばらくしたら、上海蟹が美味しくなりますよね。
しかし、路地の奥に行ったら、本当に困っている方が多かですよね。
一刻も早く貧富の差を多くなくし、国民のための政治をしてほしかですよね。
長崎市から11月から上海航路が再開されますよ。
竹文
2011/8/30(火) 午前 4:36
じゅんこさん、確かに中国人は以前あまり生野菜など、食べ物を生で食べることはなかったように思います。
上海のホテルのブッフェなどでは、お刺身までありましたよ!
さすが私たちは食べませんでしたが、現地の方には人気メニューのようです。
香港のスーパーなども、お刺身を柵で販売していました。
マレーシアで屋台の精進料理を食べた時など、現地の友人は
お箸や湯飲みを熱湯でゆすいでから、食べていたのを思い出しました。
お腹はね・・・・・主人が壊しましたよ・・・・・
2011/8/31(水) 午前 11:52
竹文さん、
お元気になられて安心いたしました。
生きるも死ぬも御心のまま、本当にそうですね。
なのに世にあるわが身は、何かにつけうろたえたり、おろおろしたり
困ったものです。
ツアーだったので、あまり自分たちの食べたい物を頂けなくて、
強行軍で疲れました。
今の中国は貧富の差がますます広がり、我先に強いものが勝ち。
そのような風潮があまりにも目に余るように思います。
昔々の中国の大人(たいじん)は何処に?でしたが
上海で個人行動で行った内山書店で、その片鱗に触れることが出来
ました。
これは後日、記事にいたします。
2011/8/31(水) 午後 0:01
中国の復興は目覚ましいです。わたしが行ったのは15年も前でしたけど、道路は自転車ばかりでした。トイレは汚いし…。
2011/9/4(日) 午後 2:06
道さん、
私も17年前に上海に行った時、ホテルのトイレでドアを閉めないで
用を足している女性が居てビックリ!
ドアの外の女性と話しながらなんです!
蘇州ではドアに鍵のないトイレに遭遇・・・・あわてました!
水郷めぐりで言ったところには、一つ個室に3つの便器が並んでいて
驚きましたよ。
2011/9/5(月) 午後 8:02