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今年は社会人になって初めて、暦通りに5月の祝日をすべて休むことができた。
4日間遠出をしてきた。
普段瀬戸内を見慣れているぼくにとって、水平線の見える太平洋は新鮮だった。
同じ海でもこんなに印象が違うのか、と。
場所は神奈川県の三浦半島の先端。
ここからは西の方角に富士山が見える。
今日は幸運にも、富士山に沈みゆく夕陽を鑑賞することができた。
5月の連休は故郷に我々兄弟が帰省するのが習慣になって久しい。
今年の連休は、こういうわけでぼくが帰省できない。代わりに先週末、1泊2日で実家に帰った。
車で2時間弱の距離であるから、「もっと帰ってあげんさい。」とは、母親世代の同僚の方の言だが。
最近は帰省すると姉の子供たちがどうしても主役になる。
そうするとゆっくり両親と話をする暇もなかったものだった。
だから先週は、両親と久しぶりにゆっくりと話ができた。
「お前が小さい頃は・・・」
懐かしい話で盛り上がった。
楽しい話ばかりではなかった。
10年前、父がうつ病だったと初めて知った。
弟とぼくが大学生だった頃のことだ。
今は大丈夫のようで安心した。
改めて、今の自分があるのは両親のおかげだと感じた。
今回の旅、先週の里帰り、その前の姉宅の訪問を通じての感想。
愛し合う家族がいてこその人生だ、と。
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人生
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今日もお休み。
先週は冬に逆戻りしたかのような朝晩の冷え込みだったが、今週に入って春らしい気候に戻っている。
桜はすっかり散ってしまい、道路脇にはツツジが顔を覗かせ、公園にはハナミズキが咲いている。
海辺のカフェまで行ってみた。
窓を全開にして、風を切っていく感じが気持ち良い。
潮の香りを感じながら散歩する。
身近に海がある環境がとても素晴らしいと、改めて思う。
海と島影を眺めていたら、現実から意識がすーっと遠ざかっていく気がしてくる。。。
昨日は姉親子と1日遊んだ。
本当に楽しかった。
「今日はありがとう。これからも助けてね。」
昨日の姉の言葉がよみがえる。
思えば、今のぼくがあるのは両親のおかげはもちろんだが、姉のおかげでもある。
大きな挫折に苦しんでいたぼくの、背中をすっと押してくれたっけ。
11年前の今頃の時期だったなぁ。
今はこうしてぼくが姉を助ける番なんだと思っている。
「我も良し、人も良しで生きなさいよ。」
とは、90代後半になる利用者さんの言葉。
良く生きるとは何だろうかと、常に考えている。
最近は少しずつそれが分かってきた感じがしていて、こうやって姉弟で助け合う人生が一つの答えなのかなと思っている。
お姉ちゃん、ありがとう。
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今日は朝から晩まで姉のうちでこどもたちと遊んできた。
長男が6歳、長女1歳半、次女が7カ月の3人兄妹だ。
前回会ったのがちょうど2カ月前。
長女はよくしゃべるようになった。次女は寝返りができるようになった。
そしてお兄ちゃんとは今日も飛んだり跳ねたりよく遊んだ。彼とは一緒にお風呂に入ることが習慣になっている。
下の女の子たちはまだ小さいこともあるが、このお兄ちゃんは、叔父ちゃんであるぼくの訪問を一番楽しみにしてくれているらしい。
「おじちゃん!おじちゃん!」
とずっとまとわりついてくる。
けっこうな悪ガキに成長している。
よその子と一緒にいるときの様子を見て、6歳の子ってこんなに周りの子に構わず行動するのかしらと思うほどに。
今日もいつものごとく、晩御飯をごちそうになり、お兄ちゃんとお風呂に入ってからぼくは帰宅した。
帰宅後に姉からメールが来た。
「同時に3人の面倒は見ると、どうしてもお兄ちゃんをほったらかしになる。お兄ちゃんばかり叱ってしまう。でも今日は叔父ちゃんが1日相手してくれて心が満たされたせいか、おとなしく眠りにつきました。」
そうか。
時々来てずっと自分のことを相手してくれる叔父ちゃんの存在が、彼にとっては大きな存在だったんだな。
小さい妹が2人いると、父ちゃん母ちゃんはどうしてもそっちにかかりっきりになるもんな。
大丈夫。おじちゃんがまた遊びに行くからな。
姉のメールを見て、お兄ちゃんのことが一層愛しく思えるようになった。
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伯父の7回忌であった。
姉の結婚式でのスピーチが最期の雄姿であった。
あれから6年。
その間、伯父さんからスピーチをいただいた姉夫婦には3人の子供が生まれた。
従姉(伯父さんの娘)には2人の子供が生まれた。
伯父さんからは甥にあたる親戚は来月パパになるそうだ。伯父さんの弟さんにとっては初孫。
そして昨年結婚したぼくの弟夫婦にも子供ができたと聞いた。
親戚が一堂に集まる機会のある法事はいいシステムだなと思う。
でもいいことばかりではなかった。
従兄はうつ病になり、しばらく前から療養とのことであった。
良くなればいいのだけれど。
お盆以来、3カ月ぶりの故郷であった。
少しずつ少しずつ町並みは装いを変えていき、時の流れを実感する。
30歳を過ぎて、少し涙腺が緩くなった気がする。
故郷の風景を眺めながら、色んな思いが交錯した。
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休日の今日は、姉のうちへ行ってきた。
2週間前に産まれた次女の顔を見に。
3人目の出産となった姉。
このたびは実家福山から母が来て、上の子2人の保育所への送り迎えがや家事を手伝ってくれている。
先週末から来ていて、来週いっぱいまでは滞在するのだそうだ。
産まれたばかりの次女を初めて見たの10日前。
10日立って少ししっかりとした顔になった気がする。
生憎と今日はぼくがいる間はずっと寝ていた。
長男と長女は保育園、義兄さんは仕事。
姉、母、ぼくと3人でお昼ごはんを食べるのはいつ以来だろう?
そもそも今まであったかしら?
話は自然とぼくたち姉弟が子供だったころの話になる。
幼稚園では、放っておくとぼくは一人でいつまでも滑り台に乗って遊ぶような子だったらしい。
そして演奏会のときなどは、わりと目立つ大太鼓とかシンバルをやりたがっていた。
ぼくの記憶でも、大太鼓やシンバルをうきうきしながらやっていた覚えがある。
マイペースなんだけど、「ぼくを見て!」って感じで目立つことが好きだった。
高校まではわりとまっすぐ育ったかと思ったら、自分の感情に忠実に進んだ結果、社会に出るまでもたもたすることになった。
集団の中から頭一つ抜け出す感触が好きで、そのことを得意に思ったりする。
(大きな目で見れば「中の上」に過ぎないのだが・・・)
「三つ子の魂百まで」という言葉があるが、まさにその通り。
性格ってそんなに変わらないものなのかもしれないと今日は改めて思った。
翻って、姉の子供たちはどんな大人になるんだろう。
この子たちにとって、かっこいい叔父さんでありたいと思う。
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