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−見事な呼吸の『やらせ質問』ですね。ところで廃止法人に選定されてしまった理由は何だったのでしょうか?
「一貫した論拠があったようには見えません。少なくとも行革審の委員が実際の職場を実地視察したという話は私のいた法人でも他の法人でも一切聞いたことがありませんでしたから、各委員が法人の業務に対して頭の中で抱いていたイメージもかなり大きく影響していたように思えます。あとは、何も結果が出せないと時の内閣・政権与党の面子が立たないのでスケープゴートとなる法人を探していたことは間違いありません。従って、政治家との関係が弱く、彼らの票に繋がりにくい組織が狙い打ちされたと考えています。」
−「行革審としては、とにかく無理やりにでも具体的な実績を挙げたかったのですね。」
「間違いないと思います。こうして、最終的には運輸関係2法人(国際観光振興会(現:独立行政法人・国際観光振興機構)、船舶整備公団(現在は独立行政法人・「鉄道建設・運輸施設整備支援機構」に吸収))と、農林関係2法人(蚕糸砂糖類価格安定事業団、畜産振興事業団、この両者は合併し、現在は独立行政法人・「農畜産業振興機構」)の「最弱小法人」四法人を廃止する、ということで決着することがほぼ内定しました。」
ところがこれらの四法人についても土壇場で廃止がご破算になる。当時自民党の実力者であった橋本龍太郎氏が自分との関係が深い農林関係二法人の廃止を自民党への事前相談なしに決定された事に憤り、時の行革委会長だった鈴木永二氏(故人)を呼びつけて叱責し、撤回を迫ったからというのが当時信憑性を持って語られた説である。これで鈴木会長はすっかりやる気をなくしてしまい、全ての特殊法人が「無罪放免」となった。第三次行革審はとうとう具体的な廃止法人の名前を一つも挙げることはできないまま九三年十月に最終報告書を提出して解散することとなるのである。
−一連の顛末をどう見ますか
「まず、密室で事を進めようとしたことが結果的に破綻を招いたと重います。行革審は監督官庁に対するヒアリングは行いましたが、法人の職場には一度も訪れませんでした。そもそも本当に個々の法人の業務内容を理解した上で存続の可否が論議されてきた訳ではなく、時の委員の勝手な机上の判断や思い込みで廃止・統合の対象となる法人が決められて行ったのです。ですから、密室の中で机上の議論だけで法人の廃止を決定しようとしたことが結果的には幸いしたとさえいえます。もし、委員が直接われわれの職場を訪問し、実際の職務内容を仔細に調査したり、われわれの活動による誘致効果を数値で証明しろ、と正面から正攻法で迫られたら、恐らく対抗するのは難しかったでしょう。」
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