|
いやー「走る」という単語を一生分書きましたね。
『風が強く吹いている』の感想はアップしてからも、あーやっぱ違う!とか、浅かった…と思ってかなり修正しているので、最初とは随分変わっています。(20話はたぶんまだこれから修正します…)
なんなんでしょう。この自分の粘着ぶりに自分でもびっくり。ほぼ自分にしか分からない文章だと言うのに!!
しかし、それだけのエネルギーを与えてくれる創作物に出会えたのは、何度でも言いますが本当に幸福です。
最終回を迎え、「ロス」か…というとそうでもないなあ。むしろ「見るべき程のことは見つ(by 平知盛)」というような心持?違うか(汗)
本当に見事な、パーフェクトな最終回だったので未練が残らなかった、というか。
あとやはり「言葉」で定着できたので、自分の中ではこの気持ちが消えることはないと思えるからかもしれません。それも良し悪しで、自分のボキャブラリーの貧困さに引きずられて、理解が狭まるってこともあるんですけどね。
もちろん、作品についての妄想はまだまだしそうです…いや、してます
![]() タイトルの言葉は、2019年2月20日の「折々のことば」(朝日新聞掲載の鷲田清一さんのコラム)より。
転記してみます。
「向かっていく対象を持っていないことを貧しいって解釈してる。 北村道子
お金がないのは貧乏だが、何をすればいいのかわからず「いつも指示を待っている」のはもっと貧しいと、映画衣装の制作に取り組むスタイリストは言う。そんな放心状態でいる時に、例えば音楽にふれ、自分には「こうして感動できるものがあったんだ」とはたと気づく時、その音楽は人を支える。「なんでも浅くできる」というのは豊かさの印ではないと。 『衣装術』(新装版)から。」
この本の旧版は持っているのですが、引用箇所が見つけられませんでした。似た文章はあったのですが…新装版のみの文章でしょうか。
北村さんの言葉はアートについて語られた部分なのですが、私にとっては「サブカルチャーを含む、創作物から与えられる感動」はすべてそうだと思えます。マンガでも、アニメでも。
感動は人を生かす。人を豊かにする。その確信があるから、図書館の仕事には意味があるとも思っているのです。
そのようなことを、前職場での離任の挨拶で話したら、後任の方に「熱いですね!」って言われました。はい。特にこの4ケ月間の私は熱かったです。罹患してましたから…。なんつうか、細胞が活性化するくらいの熱だったかも。
あ、実は「全力で」も言ったんです。そのままじゃないですが。(こちら参照)我ながら熱いわ…
さて、ほぼ3年間放置していたこのブログ。
Yahoo!ブログ終了とともに閉鎖かなあとも思ったのですが、いつなんどき、今回の『風つよ』罹患のように猛然と「とにかく言葉にしないと日常生活に支障が出る!」という羽目に陥るかもしれない。それだって別にWeb上に公開する必要はないのだけれど、言葉にすること自体が、誰かに読んで欲しいという気持ちを(たとえその可能性が限りなく低くても)含んでいるんだな、と改めて思った次第です。
それで、ブログは残しておこうかなという気持ちになりました。消すのはいつでもできるのだから。
さて、どこに移るかなあ。
ももたん、明日は14歳の誕生日。(私が勝手に決めた日ですが)
この右足の裏側が黒いところがまた可愛いんだよな~ 頑張って病院にも通おうね!
|
全体表示





私もその幸福感は大事だと思います!
ほとばしり出てくる何かを文字にして残しておきたいと
いう感情を持てる人間であって幸いだと思うのです。
だから誰に当てるでもなく私も音楽やら、芸術やら
本やら韓流等の感想を書いています。
良い演技、良い脚本、良い音楽に出会えた感動に対して
湧き出た思いを文字に連ねて行く事は幸せな作業です。
アメブロはまだ試行錯誤ですが、もっと自分に
立ち返って、<歌姫>として言葉を発信して
行きたいと思います。
双葉さんもお引っ越し先が決まったら教えて下さいね。
※ももちゃんお誕生日おめでとう!14歳おめでとう!
家のももは来月15歳になります。
病気に負けずに長生きしようね!
2019/4/15(月) 午前 11:03
歌姫さんにそう言っていただけてとっても嬉しい! 心から感動したことを書き綴るのは、本当に幸せな作業ですよね。大げさかもしれませんが、人として生きてることの根源的な喜びみたいな気がします。だから私は誰かが感動したこと、好きなことについて語られるのを聞いたり、読んだりするのもとても好きです!(もちろん歌姫さんの文章も!)アメブロでの記事、楽しみにしています
歌姫さんちのももちゃんと一緒に、目指せ長生き!
ただ今回、「ブログでは伝える文章を」というリミッターはずして書いてみたものの、自分には語彙も感性も足りないと痛感しました…言葉で言えば言うほど離れてしまうような…定型に収めたがる自分を律して、どこまでも正直であることの難しさとか覚悟とか。なんだろう…Twitterくらいの分量で瞬間瞬間の気持ちを書く方が正直になれるのかも。いや、思いっきり書いて幸せで楽しかったんですけど! うーん、もっと修行します…。
うちのももへのお祝いメッセージ、ありがとうございます
[ 双葉 ]
2019/4/17(水) 午前 10:41
<語彙も感性もたりない>…私もそう言う時
たくさんあります。
若かった頃、歌姫として詩や短歌を書いてサイトに
あげていた頃はもっともっとたくさんの言葉を
感情に乗せる事が出来ていたのに。今はすっかり
その力が失せています。
これは自分の怠惰のなせる業かそれとも言葉を
絞り出す作業を好んだ自分と距離を置く日々を
望んだためか、それは不明…。
何にせよ、ブログの移行を契機に少し歌姫の
本気度を?乗せて、気合入った時は自分の感情を
抑えず綴るぜ!と意気込んでおります( ̄∇ ̄*)ゞ
双葉さんの<伝える文章を>とは大違いですね
( ̄∇ ̄*)ゞ
それから良い作品に感動しても言葉が足りなかったら
ひねり出しても嘘くさいのでその時は潔く降参です。
( ̄∇ ̄*)ゞ
先日見た<トッケビ>と言うドラマを前にして、
飾るべき言葉が見当たらず、敗北を認めました(*^。^*)
それでも書くことは幸せです。
そのためには読んで読んで、多くの言葉を使いこなして
一番自分の感情に近い表現を見つける事が大事だと
思います。
それが出来た時が人生の至福の時
2019/4/17(水) 午後 4:05
歌姫さん!いつかでよいので、創作論についてしっかり伺いたいです!
と言っても、私は自分の本質が表現者だとは思っていません。そこが言葉を紡いでこられた歌姫さんとは違うところです。かつて絵を描くことが好きでした(今も好きです)が、自分はアーティストではないなあと感じて、学問として芸術について学ぶ道を選びました。それで良かったと思っています。
私は「なぜ?」が気になるのです。自分が好きな作品なら、なぜこんなにも惹かれるのか知りたい。(『風が強く吹いている』はまさにそういう作品でした)あるいは、世に広く受け入れられている作品であれば、なぜ人を惹きつけるのか知りたい。(例えば村上春樹とか。いえ、好きな作品もありますが)誰かが感動を語るのを聞くのが好きなのも、その延長線上かもしれません。
[ 双葉 ]
2019/4/18(木) 午前 2:58
思いを言葉にすることが得意ではない自分が文章を書く原動力は、ほぼ「私はこう思いますが如何でしょう?」と聞いてみたい、これに尽きます。「ブログ(というWebで公開する場)では伝わる文章を」というのはそういう意味なんです。…でも今回はそれは無理だと思って、99%自分のために書きました。作品を知らない人にも伝わるように書こうとすると、三倍くらいの分量が必要になるからです…
しかし、目的が人に伝えることであろうと、自分の思いを十全に表現することであろうと、「多くの言葉を使いこなして、一番自分の感情に近い表現を見つける」ことは同じ!
やっぱり修行ですね(笑)至福の時…憧れです
[ 双葉 ]
2019/4/18(木) 午前 2:58
> 双葉さん
熱い思いをありがとうございます(*^。^*)
創作論などと言うたいそうな物ではありませんが、
私は書きたいから書く、書きたい事を書く。
それにつきます。
双葉さんが文章を書く原動力は<こう思いますが
いかがでしょうか?>なのですね。
私の場合は、<私はこう感じた>だから書きたい!
聞いて聞いて〜〜って感じでそれに共感して
もらえたら嬉しいな〜ぐらいのレベルです。
雑文などは別ですが、ある思いが生まれ、それを
どう表現するか考え、頭に詰め込まれた語句や、
感情を文章にして紡いでいく過程がとても楽しいです。
毎晩眠りにつく前に頭の中で、明日書くであろう
文章を組み立てるのが日課です。
最後の分はこの言葉で締めくくろうとか…(*^。^*)
上手い表現が見つかると凄く嬉しいです。
音楽や読書、絵画鑑賞、韓流ドラマなどの記事は、
意気込みます。
読書中に出会った良い文章を咀嚼し、自分なりに
昇華させて自分の表現として生まれ変わらせる。
使いこなせた時の喜びは無上です。(*^。^*)
2019/4/19(金) 午前 9:43
歌姫さん!自分で言っておいて何ですが、よく考えると私もそんなかしこまってないか、「聞いて聞いて」だわ!と思っちゃいました(^^;
お付き合いくださってほんとに感謝です
しかし、明日書くであろう文章を、頭の中で考えて一日を終えられるのが日課、というのはすごいなあと! 本当に呼吸するように書かれているんですね…!
書くこと自体が喜びだから書くのだと仰るのもとてもよく分かる、つもりです。
思いを言葉で表現すること自体が楽しいことで、どうすればもっとぴったりと言い表すことが出来るのか試行錯誤したり、言葉を探して悩む過程もやはり楽しいです。これだと思える言葉を見つけることが出来たときはほんとに嬉しくて幸せ。しかもそれが「書かなきゃいけない文章」ではない時=内発的に書いたものほど幸福度合いが高い。
そういうこと全部踏まえた上で、たとえ誰かに向けてではなく自分のためだけに書いたとしても、「言葉にしたいと思うこと」自体の原動力が「伝えたい」という欲求じゃないのかな…と思ったのでした。
…あー私の文章って肩凝るなあ!わかってるんですけどね〜
[ 双葉 ]
2019/4/21(日) 午前 3:04