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去年話題になった「小惑星探査機はやぶさ」。
私もミーハー的にかなり好きです❤(*^-^*)
先週京大博物館に来てたのに、8日までと間違えてて行き損ねて泣きました〜(T_T)
先週後半は吉田神社の節分祭もあって、周辺はすごい混雑だったみたい…
それは置いておいて。
もちろん実際にはやぶさが辿ったドラマも興味が尽きないのですが、
もうひとつ、根っから文系人間の私がおもしろいな〜と思うのは、はやぶさにまつわる「物語」。
艱難辛苦を乗り越えて、奇跡的に地球に帰還したはやぶさに、
「最後に地球を、見せてやりたかった」(開発責任者・川口氏)と、
最後のミッションとして地球の画像を撮らせた話は、
多くの人が自然な共感を持って/感動的なエピソードとして/受け止めました。
(私もこれにはぐっときました)
「『はやぶさ』が最後に撮像した地球画像」
(C)JAXA
「はやぶさ 最後 ミッション」で検索すると、非常にたくさんのブログ記事がヒットしますが、
「ただの機械にそんな感傷は無意味ではないか」というような捉え方は、
あったとしても明らかに少数派という印象…
「開発者の人たちはロマンチストだ」という書き方はありましたが、それは皮肉ではなく、
プロジェクトの成功はそうしたロマンを共有できる集団だったから、とプラス評価の見方としてでした。
実はこの話が一人歩きをして、都市伝説化したバージョンもあります。
「燃え尽きる前にはやぶさのカメラが勝手に作動して、最後に地球の写真を送信してきた」という
不思議話になっていて、もちろんこれ聞いた時には、違う違うとほんとの話を教えてあげたけど
考えてみるとおもしろいなぁ…
「あのはやぶさって、最後に地球の写真を送ってきたんだって」
「ああ、その写真テレビで見たわ〜」
「やっぱりやっと帰ってこれて、はやぶさも嬉しかったんやろな〜」
…というようなやりとりの間のどこかで、「最後にそういう命令をした」という部分が抜け落ちたら、
確かに簡単に都市伝説化するなぁって感じ。
これは友達に教えてもらったので実際に見てないのですが、2ちゃんねるでは、
「はやぶさは燃え尽きて神になった」
「11月の出雲(神有月ですね)で、はやぶさが新米の神さまとして挨拶してる」
という「お遊び」で盛り上がってるスレッドがあったのだとか。
はやぶさが女の子になってる萌えフィギュアもありました…
こうしたはやぶさにまつわるもろもろの「物語」群。
これって、とーーーーっても日本人的感覚だと思うんですよ。
森羅万象に八百万の神が宿るという、日本の古い信仰のありよう(アニミズム的世界観)は
私たちのどこか深いところに根付いている気がします。
特に意識したり、体系づけて教えられていなくても、なんとなくそのように感じる感性は、
信仰というより「感覚」としか言いようがないのですが、そういうものとして。
アニミズム世界観から派生した、命のないもの=道具も長年使うと「神/魂」が宿って
「付喪神」になるという古い民間信仰がありますが、形を変えて現代の日本にも残っていますよね。
「現代に付喪神」?? と思われるかもしれませんが…
人形の髪が伸びたり、知らない間に動いている…というような「怪談」だってそうだし、
マータイさんが提唱して世界的に有名になった日本語「もったいない」の精神も多分、
根っこは「付喪神」的感覚のはず…
はやぶさだって、最後に故郷の地球を見られて嬉しかっただろう。
と、自然に思える感覚もきっとそうなんだなぁと思います。
形在るものが壊れた時に「死」を感じる感覚、
死んだら「神/魂」になる(それが家族や親しい人であれば、生きている自分たちを守ってくれる)という感覚も、
なんとなく自然に持っていますよね。
「パソコン死んだ〜(T_T)」から「お祖父ちゃんはお星さまになってお空から見ているよ」まで
…ね?
また、万物に「神/魂」が宿るという感覚は、無機物や人間以外の生物の擬人化ととても
親和性が高いから、はやぶさ萌えフィギュアのような擬人化もわかるなぁと。
無機物の用途から「性格」や「人格」を見立てて遊ぶのは昔からあったし、
そこに「萌え」を見出すのまであと一歩、というか。
ところで最近流行ってますね、これ。
元素記号にキャラをあてて萌える、とか本も出てるし。
…で、だからどーしたってことは何もないんですけどね☆
こういうことを徒然なるままに考えるのが、ただ好きなのです(*^-^*)
ほんとに日本人的感覚なのかどうかは、海外の反応を知らないので根拠のない感想かも
しれませんが〜
少なくとも日本での、私自身の心の中で起こっている反応を分析してみるとこうかなぁ…と
いうことです☆
ちなみに、JAXAサイト内にある、はやぶさ最後のミッション「地球撮像」を担当された方の
報告を読むと、この話をまた新たな視点で見られて、これまたおもしろかったですよ!
JAXA ラスト・チャンスの地球撮像
もちろん実際は「ロマン」だけで可能だったミッションではなくて、
万が一にもカプセル回収に影響を与えてはいけないため、カプセル分離までカメラ系統の
電源は一切入れられず、ぶっつけ本番だったこと。
カメラは数年間通電せず低温状態だったためうまく作動するかどうか賭けだったこと。
カメラと反対側=はやぶさの「背中」側にある地球を撮像するためにはぐるりと後ろを
向かせなければならず、しかもカプセル分離した衝撃で大きく姿勢が乱れ、最後の瞬間まで
姿勢を正す試みを続けたこと。
担当者の方はカプセル分離から通信途絶までの短時間に、これらに集中しなくてはならないので、
分離成功時にスタッフ内で起こった拍手にも参加する余裕がなかった、という話。
「冷徹な知性と熱い心」が感じられる、こんな「物語」も大好きです(*^-^*)
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