お久しぶりのブログです
春の記事以来、またまたブログ更新の余裕を無くしてしまっておりました(/_;)
夫は術後も順調に回復し、正雇用となり全寮制の職場での別居生活が始まり
長男は専門学校に入学、次男も希望の高校に入学し、
自宅から学校までが遠いため、息子達2人でアパート暮らしを始め
土日には私がアパートに行き、慣れない家事の息子らの世話にいそしみつつ
一人暮らしの自由を映画鑑賞したりと満喫しておりました。
ところが・・・・
ある6月に入ったばかりの深夜、携帯が鳴りました。
「もしもし?」「母さん?聞いて聞いて♪」
弾んだ声の主は県外の大学にいる娘でした。
なんでも大学での実習の時に可愛い小学生と一緒になり
「メッチャ可愛かったの!あのね、あのね・・」「うんうん♪それで?」
楽しかったエピソードをその日の内に私に伝えたかったらしく
崩れた表情の娘を想像しながら私も楽しく聞きました。
その翌日・・・・娘は朝身体がズンと重くなり、
あれほど行きたかった実習にも行く気力を無くしてしまっていたのでしょう。
それから、大学へ行けたり、行けなくなったりを繰り返したようで
とうとう大学の研究室から何も知らない私に電話がありました。
「お母さん。大事な授業を無断欠席してしまいました。娘さんは留年してしまいます」
私は・・・去年休学させて治療をしていた「うつ病」になってしまったのだと知りました。
去年うつ病になってしまった原因は「多忙」による睡眠不足やストレスによる不眠。
そこから自信喪失となり発症していました。そしてそんな自分を責めてしまうのです。
そんな娘は私の電話にも出られなくなり、私は高速を飛ばして3時間走り娘の元へ行きました。
泣きながら「待っててよ〜!1人じゃないんだから〜!」
ハンドルを握りしめて、叫んでいました。
憔悴しきった娘を病院へ連れて行き、私は迷いながらも娘に切り出しました。
「母さんはあなたが大切。健康にしてあげたい。でもあなたの意思も尊重したい。」
そう言って、提案をしました。
大学を休学して、私と地元で治療に専念する。
地元大学に編入して、治療しながら勉強する。
娘は「苦労して入った大好きな今の大学で学びたい!治療しながら実習を受けたい!」
今のストレスの多い状況の生活を続ける事を選んだ娘に何も言えませんでした。
それからです。毎週土日は3時間以上のドライブで娘の元へ走っています。
病院へ連れて行き、医師とも話をしながら、薬の副作用を相談したり
今後の実習に向けての計画だとかを娘とも話し合いました。
不安を持ちながらの私を医師の言葉が救ってくれました。
「地元に連れて帰っても、今後社会に出た時にまた辞めて家に帰ってしまいますよ。
かなり高いハードルに向かっていますが、このハードルを越えた時に
娘さんは自信を取り戻し、またハードルに向かう強さを持つことができるでしょう」
医師からの言葉に帰りの車中・・・また泣いてしまいました(/_;)
私がいるだけで娘の体調は良くなるようなんです。
安心感・・・・これがかなり薬になっているようです。
それに医師が副作用の度に処方を考えてくれた薬も今は副作用もなく合っているようです。
そして・・・・いよいよ9月に入り、大事な実習が5週間、大勢の学生と全寮制で始まりました。
それに先立ち、大学側と医師に言われました。
「お母さん。大変ですが5週間仕事を休んで寮の近くで生活して下さい」
やはり・・・・!!
悩みましたが、職場の上司に相談し有休を使いきることにしました。
それでも足りないので夫も職場に相談し、木曜・金曜は夫、土曜から水曜までが私が分担することにしました。
安いビジネスホテルも考えましたが、食事代や洗濯や夫と深夜入れ替わる事を考えたら
家具家電付きの部屋が安いねということになり、お初のレオパレス生活が始まりました♪
娘は6時半に起きて、8時半から午後4時までは実習。深夜3時まで翌日の準備とかなりハードです。
また急に吐き気やふらつきが起こらないかと心配していますが
今のところ呼び出しもなく、部屋で待機している私です。
明日は水曜日なので、夜また3時間以上高速を走って帰ります。
私よりも夜9時に仕事明けで駆けつける夫の身体が心配です。
過保護じゃないかと思われそうですが、メンタルの病気の娘を実習させてくれている学校側に
全て任せてしまう訳にはいきませんしね。
何かあれば本人と保護者の判断の元で対処が必要ですものね。
10月10日までいる予定です。
重い話でスミマセン。でも読んでくれてアリガトウ。
娘にとって頼りになる母親でいたい私ですが、それでも誰かに頼りたいのです。はは・・
頑張るぞ〜〜〜〜〜!!!!ふぁいあ〜〜〜〜\(◎o◎)/