人間がどんな頑張ってみても、その営みは自然界の一部としての自覚が必要であり、限りない調和と共生が求められているのは当然です。しかし状況によっては人間は自然界へ取り返しのできないことを繰り返していて、今話題の地球温暖化などはその末路を示唆しているとも考えられます。日本の森林は農林水産省の管轄ですが、現在の森の持つ意味の大きさからいえば、こうした狭い中では動きが取れないことがいっぱいあります。よい例が現在盛んに行われている道路開発で、開発する地帯の森林がどんなに破壊され、どんな状況になっても農林省がその担当省に対して意見など申し入れているような話は聞きません。道路工事にかかる沿線の樹木は民有林であれば保障料を支払い伐採しますが、そこからは木材流通にのるようなことはありません。今回東京都が花粉症対策の為に大量の杉を切りその大半はベニヤ用材として活用されるようですが、これについても農林省や林野庁は黙して語らずです。確かにその目的は達しても用材より多く出る伐採時不用材は、放置される危険があります。この不用材を処理するのには、伐採時経費に匹敵する費用がかかります。だからこの処理は行わずに、山の栄養資源などとおいしい言葉で取り繕います。この流通にのらない残木や枝葉などが、いずれ日本列島の山林を覆いつくし、大きな災害と、最初の話の温暖化にも複雑な影響を与えるのです。樹木を伐採したら枝や葉まで資源として取り扱い山に残さない工夫と努力が見られない中で、一番楽な植林作業事業だけが進んでいます。枝葉から燃料をの発想がなかなか見えてきません。桧の葉でも車が動く。
写真は県有林に静かに時を過ごす間伐木材。もったいない。
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