サブやんの”里山樹木辞典”

山梨の里山のあり方を現場検証しながら提言していきます。

里山のはなし

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本栖湖 幻の巨木

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 本栖湖もう10数度訪れている。今回は多少湖畔沿線道路から中に入る。こうした樹に名前は要らない。観光樹ではない。秘かに誰にも気が付かれずに生き続くことが大切なのだ。
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 私はこの樹が好きで3度くらい訪れたことがある。蔓とうまく馴染んでいてお互いに成長する特異な樹木である。ある場所も樹種もここでは必要がない。すっかり枝を下ろされその形態は哀れさを誘う。このように大きく育つにはそれ相当の年数と保つ努力が樹の内部に潜んでいる。最近こうした大木や古木が次から次へ切られたり、枝落としされている。中には残すことが惨めな樹も続出している。石垣にしがみ付き、家の隙間にへばり付き育った木々は、邪魔のものは取り除く現代気風にマッチして、必要がなくなってきているのだろうか。新たなことに興味を示し、古きことを振り返らない新たな日本人の気風はこうした風景にも無関心なのかも知れない。残念でこの樹から離れるときには振り向くことができなかった。今度訪れるときまでこの樹は存在しているのでろうか。

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 日本の奇樹 笹子峠<矢立ての杉>
 この杉は立地条件に恵まれている。もしこの樹が国道20号線沿いにあったら、とっくに枯れてしまったかも知れない。人知れずそっとあるのがよい。私が再度訪れたとき私より年輩の夫婦が手を取り合って登ってくるところだった。長生きしている樹、厳しい環境で育った老木の強さに感銘していた。大きな樹木はこの<矢立ての杉>のように、雷や中途の枝が折れて、中が空洞になっているものが多く見られる。しかしこの杉は以上の強さと賢さを持っている。薄い細胞で現在の形態を保っているのだ。北杜市の舞鶴の松のように、周囲を整備したり、観光目的の遊歩道など必要がない。このままの状態で、人も余り青津ずれないほうが長生きできる。できたら4次元の世界で生きてほしい。この杉は「山本勘助」には関係ない。もし勘助がこの樹の下で、甲斐の武田信玄と出会ったなどと、井上靖の「風林火山」に書いてあったら、いっきにその命を縮めた。できたら案内板も道標も外してそっとして置いてやりたい。見たくなったらこの写真で我慢して、そっとしておいてください。

枯れた赤松 舞鶴の松

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 私はこの松を見続けた。そして見つめているだけで何もできない自分に激しい憤りを感じた。そして助けられなかった無能さにも。もう戻ってはこない舞鶴の松

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枯れた赤松
人は常に新しいものを求めていく。その反面忘失していくものの多い。最近は何でもかんでも見世物になり観光資源となる。しかしそうした資源を守ることは一部を除いて得意としない。これまで失ってしまった天然記念物の多さがそれを物語っている。山梨県でも同じである。多額の資金をかけて目玉(?)の施設を造り装い客を招く。その影こうした日本でも有数な記念物が消えていくのである。残すために新たな取り組みの何分幾つかの資金をかければ、この赤松も守れたのである。

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