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中に、十ばかりにやあらむと見えて、
白き衣、山吹などのなれたる着て、走り来たる女子、
あまた見えつる子どもに似るべうもあらず、 いみじく生ひ先見えて、うつくしげなる容貌なり。
髪は扇を広げたるやうにゆらゆらとして、顔はいと赤くすりなして立てり。 「雀の子を犬君が逃がしつる、伏篭のうちに篭めたりつるものを。」とて、 いと口惜しと思へり。
つらつきいとらうたげにて、眉のわたりうちけぶり、 いはけなくかいやりたる額つき、髪ざし、いみじううつくし。
ねびゆかむさまゆかしき人かな、と目とまりたまふ。 さるは、限りなう心を尽くしきこゆる人に、いとよう似たてまつれるが、 まもらるるなりけり、と思ふにも涙ぞ落つる。
『源氏物語・若紫巻』 原文より・一部省略
この、若紫登場の場面は実に印象的で、
それはそれは美しい言葉づかいです・・・原文のまま載せました。 中島さんの描く『源氏』の少女たちには、
大人の女性を描くのとはっきりとちがって、眉と額のあたりに
独特の「うちけぶるような」柔らかさがあります・・・
また、やわらかく着ならした山吹のかさねの裾が、
幼い少女の、しかしはかなげな動きを捉えて見事です・・・
本来、数人の少女たちと大人が会する場面でありますが、
桜の下に漂い歩くような若紫一人を描いて、
頼りのない薄幸な少女の身の上を物語るようです。
まるで若紫自身が、今まさに籠からさまよい出て
行き場をなくした雀の子のように、自由で、そして、はかなげです・・・
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本だな
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よくこの若紫の巻の一場面だけを取って、源氏はロリコンだと言われがちですが、
実際源氏が自分より年下の女性と関係を持ったのは、紫の上と明石の君と女三宮の3人ぐらいでは・・・?
あとは大概が自分より年上で、中でも源典侍などにいたっては・・・
健気で幼い心のままに、源氏を言うなれば兄のように無邪気に慕っていたかもしれない若紫が、4年の後、無残にも花を散らすことになろうとは・・・
僕はその筆を押さえたが故にいちだんと艶かしく、処女を奪われた乙女の傷ましさがありありと目に見えるような、あの「葵」の最後部の描写の一文が大好きです♪
「男君はとく起きたまひて女君はさらに起きたまはぬ朝あり」
女にされた紫の上の驚きと悲嘆、そうして源氏へのぬぐえない不信と尚残る恋心を感じさせ、読む者を唸らせます・・・
(ノд-。)クスン、ヒドイ・・・
2012/7/18(水) 午後 10:31
確かに儚げな様子ですよね。
でも、紫式部はこの子に、女と言うものはこうあるのが素敵なのでは?
と言う理想像も描いているのではないかと思うのです。
そして、そんなにすばらしくても、運命には逆らえないといった矛盾なども。
柔らかな線が、いいですね。主張しない桜も見事です。
2012/7/19(木) 午前 8:54
原文の「まもらるるなりけり」は「目が離せないのだ」の意。
僕のコメで使った男の本能としての「守りたい」とは似て非なる意味ですネ♪
誤解を招く惧れがあるので、敢えて付け加えさせて頂きました。m(_ _"m)ペコリ
2012/7/19(木) 午前 9:18
訂正とお詫び・・・
昨日記事を書きながら、なんとなく疑問に思っていたこと・・・
雀、本当にいなかったっけ??
新しく届いた別の画集を見てみると・・・なんと!端っこにやはり、
いるではありませんか!
なんたることか、手持ちの1冊目の画集では、この端っこをカットして
撮影していたんですねー!!
というわけで、1枚目の画を入れ替えました。
さて、雀が描かれているとなると、それもあんなに遠くに・・・
見え方もまた異なってきます。
中島画伯自身が添えた詞書を載せておきます・・・
「春風に、逃げた雀を追う子ども。
あどけないその姿は、散る山桜の花よりも清らかで、
輝く光に移ろって、紫色に染まりゆく。
身をかけて追い求めたその愛は、
風間に消えた雀のように、あなたの心から逃げたのでしょうか。」
2012/7/19(木) 午前 11:56
絶妙のバランスですね。
やはり、雀はいましたか、、、、、。
2012/7/19(木) 午後 1:28
わたしは雀
飛べない雀
子供の頃に見た一羽の子雀のように
遠くへ飛んで行きたいと
知らない山の彼方へ行ってみたいと
心はいつもあくがれるのだけれど
わたしは雀
飛べない雀
2012/7/19(木) 午後 1:47
昨夜のナイショさま
ふふふ・・・(^皿^)♪
2012/7/19(木) 午後 10:14
うめぼしわんこさま
・・・実は、わんこさんが訳してくれそうな気がして、敢えて訳しませんでした!笑
この画は本当に細かいところまで、原文に忠実に描かれているなとしみじみ、嬉しくなります(^-^)
とても鮮やかな登場の場面でありながら、若村s期という少女「自身の」個性というのは、
さほど描かれていないような気もするんですね・・・
記事では省略しましたが、尼御前の言葉からなんとなく、この少女の
暮らしぶりや、性格が伺い知れるようになっているものの、
源氏の目を通して作者が語っているのはあくまで、個性の表現というよりは、
あくまで「藤壺に似た容貌の少女に思わず目が留まった」に過ぎなくて、
例えば「元気な」とか「利発な」とか「寂しげな」とかいう印象を、
特に描いていないんですよね・・・
源氏はこの少女を、「藤壺のような理想の女性に」育てたいと考えたのであって、
この少女自身の個性に気づいていくのは、もっともっと先のことで、それも
「藤壺と比べても引けをとらぬほど」という感じ方に
どうしてもなってしまう・・・悲しい・・・
「ふよふよと」という言葉・・・素敵です☆
2012/7/19(木) 午後 10:26
ところで犬君さま・・・じゃなくて、わんこさま笑
めちゃしょーもないこと言っていいですか?笑
私、昔っからこの「犬君」という少女の名前がおかしくてたまらなくて!
だって、今でいうところの「わんちゃん」「わんこ」っていうあだ名と同じでしょ♪
私自身も、わんこさんに出会う以前は、自分が「わんこ」というあだ名だったので笑、
もういつもこの「犬君」が嬉しくてうれしくて・・・爆!
「にゃんこ」っていう童女は、いなかったのかなぁ。。。
2012/7/19(木) 午後 10:32
猫ねぇ・・・
いつも寝てばかりいるから、女童としてはあまり相応しい名前ではないような気も・・・( ´艸`)ムププ
犬君・・・確かにヒジョーに昔から気になる名前でしたよネ♪
あ、動物と人称を組み合わせた名前に、鼠先輩というのもいましたね。(≧m≦)ぷっ!
2012/7/19(木) 午後 10:54
このやわらかさ。やわらかさというと温かみを感じますが、はかなさも感じさせるものなんですね〜・・・
2012/7/19(木) 午後 10:55
閑話休題。
そう、葵巻の最後の部分ね・・・紫上の心情というのはほんとうに、
「起きたまはぬ」の一言でしか描かれていなくて、
源氏の言葉によってしか彼女の様子を知ることもできず、
心を表現することを許されぬ
(源氏によってか、時代によってか、作者によってか、その全てか)
紫上に、読者は痛ましい思いを抱きます・・・!
一女性としては・・・男性読者には「ヒドイ」と、ちゃんと感じて欲しい!!!
(笑・・・しかし真剣に!)
だけど、一読者として考えると、果たして、紫上は源氏によって、
花を散らされたのか、花開かされたのか・・・
愛の形は捕まえにくく残酷なもので、ときに奪ったり傷つけたり・・・
しかし決してそればかりではなく、愛によって与えられ、目覚めるものもある・・・
そのいずれの面をも、紫上は濃密に味わい、受け止め、真に愛に生きたひとであった・・・
だからこそ、源氏物語中最高の理想の女性として、源氏の君の「一の人」として、
いつしか藤壺を超える存在として描かれていくのかなとも・・・
2012/7/19(木) 午後 10:58
鈴ママさま
いつもありがとうございます・・・(^-^)
そうなんです・・・紫上は源氏物語中最高の女性像として描かれていると、
どんな解説を見ても必ず書かれていますが、若かりし頃の私は、
どうして、そんな・・・ひどい!一番可哀想な人ではないか!と
憤りすら感じたりしたものです・・・
もちろんそれらの「ものの本」も、決して「現代の女性論」ではないので笑、
この作品中の位置づけ、価値観としてそう描かれていると述べているだけなのですが・・・
それにしてもやはり、『源氏物語』という作品は、式部の描いた女性像は、
現代女性である我々にも、女の生き方とは、幸せとは、愛の形とは、
なんたるかを、考えさせて止まぬものがありますね・・・
運命を受け入れ、それでいて自分らしく、しなやかに強く生きていくには・・・
源氏の女君をあれこれと見比べながら、自分にはどんな生き方ができるのかと、
考え込んでしまいます・・・
2012/7/19(木) 午後 11:07
こぎGさん、まるで若かりし頃の寂聴さんみたい♪
閨秀作家そのものです❤
花は散らされたのか、それとも花開かされたのか・・・そのセリフは男の物ではありません、女が口にすることで初めて命の通う言葉です。
花、ひらく、とじる、花芯、蜜、壺、濡れる、ためいき、まどう、よろこび、よろめき・・・等々。
そうして愛によって与えられ、目覚めるものもある、と仰る・・・❤
その時、花芯はどのような香りを放つのでしょう?
薔薇?百合?それとも梔子?・・・
ああ、花の匂いのありかを嗅ぎ当てられる犬君になりたい・・・笑
2012/7/19(木) 午後 11:16
今朝のナイショさま
ニワトリ・・・爆!!!
失礼しました・・・とても淡い色彩で描かれていて、私の腕では
ここまでしか写らないのです・・・ゴメンナサイ(>_<)
中島さんの『源氏絵』は、人物画と、場面画の二通りがあるのですが、
人物画の場合、必ずと言っていいほど、その人物を象徴する植物を配しています。
紫上は作中最期のときまで、桜の花に喩えられていますね・・・
日本の花を代表する最高の美であり、
日本人の心に宿る無常の魂であり・・・それがまさに、紫上でありました・・・
2012/7/19(木) 午後 11:27
わんこさま
補足、ありがとう(^-^)わんこさんの訳を見てくださってる方もきっといらっしゃるから♪
この部分は、高校2年生の教科書に出てくるので、何度も授業しましたが、
そう、中でも「まもる」という言葉はとても大切に教えていました・・・(^-^)
現代語の「守る」とは、この古典語の「目守る(まもる)」・・・見つめる、見守る、から
きているんですよね・・・
「守る」っていったいなんだろう・・・と、考えさせられるきっかけになります・・・
同じように、現代語の「優しい」というのも、もとは「痩さし」・・・
身もやせ細りたいような気恥ずかしさ、身を絞られるような人への想い・・・
そういったものが、「やさしい」の語源なんですよね・・・(^-^)
私自身も大切に思い、そして大切に伝えてきた、言葉たちです・・・
「守りたい」とは男性の本能的感情か・・・
そんな風に感じたこと、一度もなかったな・・・またまた、愛を知らぬ女と、
思われてしまいそうですが・・・(^^;
そんな風に仰る男性がいることを、とても嬉しく、希望に感じます・・・(^-^)
2012/7/20(金) 午前 8:23
鈴ママさま
そうなんです・・・ごめんなさい!
昔この画をみた記憶に、どうも、雀がいない気がしなかった・・・
やっぱりいました!笑
こんなに遠くに・・・追いかける若紫の目にももう届かぬくらいの彼方まで・・・
その物語るこころは・・・まさに、絶妙のバランス、ですよね・・・
2012/7/20(金) 午前 8:26
わんこさま
飛べない雀は・・・若紫?私?それとも、わんこさんご自身・・・?
みんな、そうなのかもしれないね・・・でも、飛べないからこそ、
魂のあくがれる想いを知っているのかな・・・と。
私は、愛によって奪われたり傷ついたりしてきたものも、多かった人生かもしれない・・・
それでもまだ、愛によって散る花と、開く花、同じ木に咲いていると
思うことができます・・・そんな自分でいられて、よかったと思うし、
そんな自分でいさせてくれたのは、やはりこれまで与えられてきた
愛の力だろうと、思ってる。
愛に目覚める花の香り・・・
花に誘われるのではなく、自ら花を見つける力を、きっとわんこさんはお持ちです。
2012/7/20(金) 午後 8:06
あかひれさま
いつもありがとうございます☆
やわらかさと、あたたかさと、はかなさと、つよさと・・・矛盾するようで共存する、
そんな花のような女性・・・だから紫上はやっぱり、最高の理想の女性なのかな。
皆さんにこんなにたくさん素敵な言葉をいただいて、
中島さんが知ったら、喜んでくださるかしら・・・(^-^)
2012/7/20(金) 午後 8:11
ちょっとだけ・・・泣かせてね・・・・
2012/7/21(土) 午前 0:11