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『源氏物語』 第十帖 賢木巻より
思ほし残すことなき御仲らひに、聞こえ交はしたまふことども、まねびやらむかたなし。 ・・・女も、え心強からず、名残あはれにて眺めたまふ。 「神垣はしるしの杉もなきものをいかにまがへて折れる榊ぞ」 「国つ神空にことわる仲ならばなほざりごとをまづやたださむ」 別れた人を・・・過ぎし日の想いを・・・見送る御息所の魂は
狂おしく燃えさかった日々をも忘れたように鎮まりかえり、 悲しみの情さえも、幽けきはかなさ・・・ 秋風に微かに吹かれた細い髪だけが、 僅かな恋の残り火・・・ |
本だな
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秋ですね〜・・・いろいろ考えちゃう・・・
2012/9/28(金) 午後 11:17
そう・・・そうでしょ。そうだよねぇ・・・
だから、なんにも手につかなくてね・・・熱は出るし・・・笑
2012/9/28(金) 午後 11:29
私、この六条御息所って結構好きなんですよ〜
こういうはっきりした人っていいなあ。
やっぱりラテン系?(笑)
2012/9/29(土) 午前 0:05
笑!!ラテン系の人が魂さ迷ったりはしないと 思うよ…爆 シルさまは、意外とラテン系…?情熱的で、は っきりしてるのね…
六条御息所は、プライドと怖れのために自らの 思いのまま振る舞うことができず、 といって、そのプライドや理性によって抑えこ むには、あまりにも情念が強すぎた… 別れを決めたとき、やっと、はっきりできたの かもしれないね…… これ以上、互いに苦しみ憎しみあうこともなく なる……でも、愛も希望も失う…… 悲哀も後悔も超え、ひたすら覆いかかってくる 喪失と空虚…… そんな姿だなぁと…自らを重ね合わせてしまいます…
2012/9/29(土) 午前 0:42
そっかぁ・・・「はっきりした人」の意味が、ちょっとわかった気がする!
高貴な身分で年上で・・・いろんな環境や理性が邪魔して、「行動・態度」は
はっきりできなかったけど、おそらく最も強く源氏を愛した人といわれるくらい、
「気持ち」は、はっきりしてたんだ・・・!
気持ちのままに振舞える人なんて、現代にももちろんなかなかいない・・・
大事なものは目に見えない・・・シルさまはいつも、そういうのを、
大切にされているものね・・・
2012/9/29(土) 午前 8:30
必死で、押さえ込もうとしてるんでしょうね。
自分の感情を抑えられるって、すごいのかも。
また、そうしなければならないプライドのようなものも。
難しいですね。
だから、亡くなって思いのままになったら、いろんなところに出てきちゃう?
生きてるときでも、寝てるときには思いのままにならなかったのかなー?
2012/9/29(土) 午前 10:10
鈴ママさま
また見てくださって、ありがとう〜☆
ちょっと今の季節と気分にピッタリだったので、花宴を飛ばして、再開してみました♪
必死で抑え込もうとする意志の強さが、仇になった・・・?
あんまり、ムリをしすぎないのが、いいのかな・・・何事も・・・
2012/9/29(土) 午前 11:13
記事はシンプルにしたかったので書かなかったのですが、
別れを交わす源氏の心中の描写に、面白い部分があります・・・
心にまかせて見たてまつりつべく、人も慕ひざまに思したりつる年月は、
のどかなりつる御心おごりに、さしも思されざりき。
また、心にうちに、「いかにぞや、疵ありて」、思ひきこえたまひにし後、
はた、あはれもさめつつ、かく御仲も隔たりぬるを、めづらしき御対面の昔おぼえたるに、
「あはれ」と、思し乱るること限りなし。来し方、行く先、思し続けられて、心弱く泣きたまひぬ。
・・・つまり、御息所が源氏にベタ惚れだったときは「いつでも会いたいときに会える」と
いい気になって油断していた上に、もしかして生霊?と思うようになってからは、
ちょっと面倒になって心が遠のいていたけれど、いざ別れとなって顔を合わせてみると、
昔のよかった時の情が思い返される・・・というもの。
まったく男と女って、今も昔も・・・バカみたいだね!笑
2012/9/29(土) 午前 11:21
茫然と立ち尽くす姿も、真っ直ぐに落ちた髪に凛とした人柄が表れて、
かさねの色目も高貴な女性にふさわしく気品が漂います。
微かに吹かれた数本の髪に想いを表したほかは、
乱れた髪には力なく、乱れた思いの燃え尽きた様を、見事に捉えていると感じます。
手にした榊の枝は源氏が折って持ってきた、甲斐のない心のしるし・・・
淡く彩られた余白の部分に、身に沁みる秋風の風情が立ち込めています・・・
2012/9/29(土) 午前 11:27
そうですね。気持ちがはっきりしていたということだと思います。
私もなんでもはっきり知りたい、決めたいというところがあって、失敗していますから(笑)
態度に出すか、行動するかというのとは、また別なのかもしれませんね。
源氏物語を現代語訳した瀬戸内寂聴さんは、その著「源氏物語の女君たち」の中で、次のように言われています。
「紫式部は、御息所の、徹底的につきつめて考え、いい加減に妥協できない性格というのを、はっきり打ち出しています。(中略)「女はいとものをあまりなるまで思ししめたる御心ざまにて」とあるのが六条御息所の性格で、こうまで性格を断定して書いたのは御息所だけです。」
こんなふうに似ているところがあるので、結構好きなのかも。
2012/9/29(土) 午後 0:04
絵のことに触れていませんでしたが、華やかな色が使われていないこと、空虚感の漂う画面が、六条御息所の物語を端的に表現していると思います。
2012/9/29(土) 午後 0:11
私もその本読んだ〜♪ずっと昔だけど…
突き詰めて考える性格…は、私も、似ているかな…あんまり…いいことないよね……
ん?ラテン系の人はあんまり考えないんじゃ!?(笑)
このブログ、そろそろまたタイトルを変えたくなってきています(笑)
侘しく、空虚で、でも凜とした空気の漂う、とても良い画ですよね……
2012/9/30(日) 午前 0:23
ナイショさま
ありがとう
アバター、一応ハロウィンパーティーです
2012/9/30(日) 午前 0:24
独り言…「はっきり決めたい、知りたい」かぁ …
実はそういう質なのに、そうでないふりをして 、知らん顔または余裕を装っているのが、
一番ストレスになるんだ…
何度もそれを繰り返して、心を病んでしまった のに、
また懲りずに繰り返す…なぜ?
繰り返すのもまた、自分の性なのか?(笑)
御息所に学べ…!己も心が鬼と化す前に……
「人は心にまかせて、のどかなりつる心おごりに 、さしも思はざりき。」
2012/10/2(火) 午前 2:39
そうか……
はっきりさせようとした人、させた人は、賢かったんだ…
己を知っていたのかもしれない……
榊、の字に、紫式部が「賢木」とあてたのは、何故だったのか…
「榊」は会意文字…では、和製漢字かもしれない…だとすると、
ずっと後にできた漢字の可能性もある。
式部が字をあてたのではなく、当時そのように書き慣わしていたのか…
本文中の「さかき」の語にはどちらの字を使っているのか…現代の出版物ではあてにならない…
手元に漢和辞典があればよいけど…不自由な暮らしだな(苦笑)
2012/10/2(火) 午前 2:52
ああ…やっぱり国字だ…いつから使われ始めた かまでは、
ネットじゃすぐにはわからない…
「さかき」の語源は「さかえの木」という説は みうけられるが、
「さかしの木」とは見当たらない…
和歌の「さかき」は、「境の木」の掛詞だろう。
式部の当て字だとすれば、式部は、誰の、何を 指して「賢し」としたのだろう…
スマホから調べるのはキツいな…なかなか寝られない…!
2012/10/2(火) 午前 3:08
一応の結論…わたしは、
はっきり知りたい、決めたい、とは、言い切れない。
そうでなくていい、とも言えるし、また、そうする勇気がない、とも言える。
ただ、そんな私が己を顧みて己を知るところ、
ひたむきに、一生懸命でないのは、絶対に、いやだ。それだけは向いていない。
不安定も、不確定でもかまわないけれど、なおざりは一番嫌いだ。
…なおざり、と、おざなり、について、また記事にしよー♪
2012/10/2(火) 午後 9:04