|
『源氏物語』 第十帖 賢木巻より
思ほし残すことなき御仲らひに、聞こえ交はしたまふことども、まねびやらむかたなし。 ・・・女も、え心強からず、名残あはれにて眺めたまふ。 「神垣はしるしの杉もなきものをいかにまがへて折れる榊ぞ」 「国つ神空にことわる仲ならばなほざりごとをまづやたださむ」 別れた人を・・・過ぎし日の想いを・・・見送る御息所の魂は
狂おしく燃えさかった日々をも忘れたように鎮まりかえり、 悲しみの情さえも、幽けきはかなさ・・・ 秋風に微かに吹かれた細い髪だけが、 僅かな恋の残り火・・・ |
本だな
[ リスト | 詳細 ]
メキシコの衣装や布・織物、天然石などに関する、愛読書をご紹介します☆
|
中に、十ばかりにやあらむと見えて、
白き衣、山吹などのなれたる着て、走り来たる女子、
あまた見えつる子どもに似るべうもあらず、 いみじく生ひ先見えて、うつくしげなる容貌なり。
髪は扇を広げたるやうにゆらゆらとして、顔はいと赤くすりなして立てり。 「雀の子を犬君が逃がしつる、伏篭のうちに篭めたりつるものを。」とて、 いと口惜しと思へり。
つらつきいとらうたげにて、眉のわたりうちけぶり、 いはけなくかいやりたる額つき、髪ざし、いみじううつくし。
ねびゆかむさまゆかしき人かな、と目とまりたまふ。 さるは、限りなう心を尽くしきこゆる人に、いとよう似たてまつれるが、 まもらるるなりけり、と思ふにも涙ぞ落つる。
『源氏物語・若紫巻』 原文より・一部省略
この、若紫登場の場面は実に印象的で、
それはそれは美しい言葉づかいです・・・原文のまま載せました。 中島さんの描く『源氏』の少女たちには、
大人の女性を描くのとはっきりとちがって、眉と額のあたりに
独特の「うちけぶるような」柔らかさがあります・・・
また、やわらかく着ならした山吹のかさねの裾が、
幼い少女の、しかしはかなげな動きを捉えて見事です・・・
本来、数人の少女たちと大人が会する場面でありますが、
桜の下に漂い歩くような若紫一人を描いて、
頼りのない薄幸な少女の身の上を物語るようです。
まるで若紫自身が、今まさに籠からさまよい出て
行き場をなくした雀の子のように、自由で、そして、はかなげです・・・
|
|
〜ものがたり〜
恋しい藤壺女御に会うことを許されなくなった光源氏は、
どんなに高貴な女性に出会っても、その心の傷が癒されることはないと感じていた。
あるとき、「雨夜の品定め」の場で、親友である頭中将が語った、
「中品の女には独特の風情がある」という言葉に惹かれ、
ふらりと市井に足をむける・・・
夕顔の咲く垣の、小さな家・・・市井のものとも思われぬ趣味のよさに
思わず立ち止まった源氏に声をかけたのは、家の女主人のほうであった。
素直でいじらしく、控えめですがるようなやさしい女の風情に、
源氏の心の痛みは慰められるようであった・・・
あるとき荒れた山荘に、夕顔の君を連れ出したが、夜半、
つれない男への恨みごとを言う女の物の怪が現れ、夕顔ははかなくこと切れてしまう・・・
儚くこと切れてしまったひとの画であるはずなのに、
なぜだか生々しいほどに力強い「生命」が伝わってくるのは、何故でしょう・・・
白い肌を晒しているからというだけでなく、
それ自体生きたもののように激しく乱れ、流れる、衣と黒髪・・・
こと切れる寸前、夕顔の君が目にしたものの恐ろしさ・・・
その短くも永遠の苦しみとさえ思われる業火の熱さを、物語るようです・・・
この画を見ていると、芥川龍之介の『地獄変』の、
たとえようもない恐ろしさと美しさとを、思い出します・・・
儚いだけではない・・・短い生と愛を精一杯燃やし尽くした夕顔の君を
愛しみ、どこか賞賛さえするような、
あたたかい画家のまなざしを感じます・・・
このひとは、「死んだ」のではなく、「生きた」のだ、と・・・
|
|
20年ほども前のことです・・・
高島屋のギャラリーで開かれた、中島潔 『源氏物語の女』展
大好きな中島さんが、大好きな源氏の女君を描く・・・!!
とてもとても長い時間をかけて、何周も何周も見てまわりました。
画はすべて軸装という試みでしたので、
実物のとなりに、画のメインとなる部分をアップにしたパネルが
添えられていました。
なにしろ、モデルの女性一人ひとりに思い入れもあるので、
一枚一枚の画を、はっきりと憶えています。
中でも朧月夜、夕顔、玉鬘、紫上が気に入って、
絵葉書を買って帰りました・・・
図録を買わなかったところを見ると、まだ子どもで、
貧乏だったようです・・・笑
ぜひもう一度観たい!と思い続けて来たものですが、
ふと思い立って・・・中古で画集を手に入れることができました!
表紙は、藤壺(若紫巻)です。
横顔に掛かる豊かで端正な髪の流れに対して、
袖に落ちた髪のたおやかな乱れ・・・
古典の世界では「袖」は恋の想いを象徴します。
この動きのある柔らかさが、中島さんならでは!
迷いや憂いを押し隠し、閉じ込めたような秀麗な目元に対し、
やや開き気味にした口元からは密かな想いがこぼれるようです・・・
のち、円熟の頃の紫上(胡蝶巻)の横顔が、
これに似た面差しに描かれているのが心憎い限りです。
妻として、女として、母として・・・
いずれの道も、自由には生きられなかった藤壺・・・
という見方もあるかもしれませんが、
私は、三様の愛と苦しみを真っ向から受け止め、
見事に生き抜いたひと・・・そう思っています。
だからこそ、永遠の、理想のひとなのだと・・・
裏表紙は、葵上です。
金背景の画を前後で揃えて、画集そのものの装丁に
まとまりを持たせたものかと思います・・・
人形のように端麗な顔立ち、小さく結ばれた口許、
拒むように、あるいは戸惑うように伏せられた切れ長の目・・・
一糸の乱れもない黒髪・・・
声かけることをためらってしまうような表情です。
御簾の線を薄く描きいれることにより、
心に隔てを置こうとした葵上の内面を描き出しています。
決して冷たいだけには描かれなかった葵上に、
やはり、中島さんの優しいまなざしを感じます・・・
どこかあどけなさの残る頬からあごにかけてのふくよかな線、
戸惑いを隠しきれない寂しげな伏せた目に、
愛に恵まれず、素直な自分を知らなかった葵上の寂しさが
漂っているようです・・・
|
|
大好きな画家、中島潔さん
カレンダーや絵葉書を額装して飾ったり、
ずっと身近に愛好してきました。
「風の画家」とも呼ばれる中島さん・・・
風をはらんだスカート、なびく髪、
寂しげな横顔、ふっくらした手のひら・・・
描かれた子どもたちに注がれる、
中島さんの優しいまなざしを、いっぱいに感じます
出会いは、小学生のころ。
薫くみこさんの『十二歳』三部作の挿絵でした・・・
その後、番外編2作ができて、
現在は5作シリーズになっています
思春期に差し掛かった少女たちの友情、恋、悩みを
繊細に描いた作品も素敵で、その揺れる乙女心を
柔らかく描いた挿絵に、とても心惹かれました・・・
色白美人で秀才のかおり、快活でスポーツ万能の梢、
何でも平均的なぽっちゃり型の菜々・・・
「悪ガキ3人組」と呼ばれた仲間。
第一作 『十二歳の合言葉』
私立中学への進学を決めたかおりと、
公立組ふたり、寂しさゆえの仲たがい・・・
そして、梢と菜々はやけっぱちからある事件を起こし、
ついには家出をはかる・・・
第二作『あした天気に十二歳』
中学に進んだ3人のそれぞれ・・・
幼馴染との淡い恋と、身体の変化に揺れる菜々、
バスケ部の先輩に憧れる梢、
そしてかおりは、父親の浮気に気づいてしまう・・・
かおりを支えようとする二人の、不器用な友情。
第三作 『十二歳はいちどだけ』
心臓病でスポーツのできなくなった梢が
不良グループとの交友にはまっていく・・・
初恋の人、家庭教師の先生との別れが切ない、
かおりの乙女ごころ・・・
梢を立ち直らせるために、今度は菜々とかおりが、
作戦を練ります・・・
美しかったハードカバーは今は絶版となり、
文庫版しかないようですが、
私は今でも、古くなったハードカバーを
とても大切にしています
中島潔さんの雅号は「うめ吉」
絵の中に必ず現れるこの犬、「うめ吉」は、
子どもたちをみつめる中島さん自身の、
分身なんだって・・・
|



