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ヨブのもとに、一人の召使いが報告に来た。
「御報告いたします。わたしどもが、牛に畑を耕させ、その傍らで
ろばに草を食べさせておりますと、シェバ人が襲いかかり、略奪していきました。
牧童たちは切り殺され、わたしひとりだけ逃げのびて参りました。」
彼が話し終らないうちに、また一人が来て言った。
「御報告いたします。天から神の火が降って、羊も羊飼いも焼け死んでしまいました。
わたしひとりだけ逃げのびて参りました。」
彼が話し終らないうちに、また一人来て言った。
「御報告いたします。カルデア人が三部隊に分かれてらくだの群れを襲い、
奪っていきました。牧童たちは切り殺され、わたしひとりだけ逃げのびて参りました。」
彼が話し終らないうちに、更にもう一人来て言った。
「御報告いたします。御長男のお宅で、御子息、御息女の皆様が宴会を開いておられました。
すると、荒れ野の方から大風が来て四方から吹きつけ、家は倒れ、
若い方々は死んでしまわれました。わたしひとりだけ逃げのびて参りました。」
ヨブは立ち上がり、衣を裂き、髪をそり落とし、地にひれ伏して言った。
「わたしは裸で母の胎を出た。裸でそこに帰ろう。主は与え、主は奪う。
主の御名はほめたたえられよ。」
新共同訳聖書 ヨブ記 1章14節〜21節 より
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数日前、聖書を読んでいて「ヨブ記」の一節が目にとまりました。
すなわち・・・
「わたしは裸で母の胎を出た。裸でそこに帰ろう。
主は与え、主は奪う。主の御名はほめたたえられよ。」
・・・です。
私たちは、何かと、自分が得たものは、自分のチカラで得たと考えがちです。
私たちは、失うと、失った事を、誰か他人のせいにしたがりがちです。
しかし、全て与えられるのは、「主なる神」によるのであり
全て失うものは「主なる神」によるのです。
私たち人間は、自分のチカラでは、何ものも、得る事も、また、失うことも、
出来ない存在です。
高校生の頃の私は、当然、まだ聖書に接してませんでしたから
そんな事にも気付く事はありませんでした。
高校2年が終わろうかというある日、
睡眠障害と、うつ症状で学校に行きたくても行けない自分は
担任の教師から思わぬ一言を宣告されました。
「単位が足りません。留年しますか?退学しますか?」
これが、その教師の本音です。
学校に通学しない事を、心配もせず、なぜ来ないのかも問わずに
いきなり切り出された一言でした。
私も、自分が「病気」だとは全く感じてませんでしたから
単に、年下の学生と机を並べたくない、と言う勝手なプライドだけで
高校を退学する道を選択しました。
しかし、高校を退学しても、「病気」の治療を行っていない私の
健康状態は良くなるどころか、むしろ、日に日に悪化して行き
ある日、父親が、どこから聞きつけてきたのか「精神科」に
入院して診てもらうように勧めてきました。
今でもそうですが、当時の精神科の敷居は今よりはるかに高く、
想像もできない世界に入ってしまうのではないかと言う
ある種の恐怖感があり、父親の勧めを頑なに拒否していました。
しかし、人間は本当に弱い生き物です。
自分のチカラで治そうとしても治せないものは決して治せません。
私の健康状態を非常に心配した両親は私を病院に入院させる事にして
私は無理矢理に「精神科」病棟へ入院させられました。
はじめは恐ろしい所に入ってしまったのではないかと思っていたのですが
入院すると、驚くことに、主治医も看護師も、また、他の患者も
みな親切で、気配りが出来て、自分の事よりも、他人の事を心配するような
人たちばかりでした。
主治医に心理テストを勧められたのですが、その結果の傷病名を問うと
主治医は、「神経衰弱でしょう」と述べました。
そして、朝・昼・夕・寝る前、と薬を服用することになり
薬を服用すると、私の睡眠障害やうつ症状は、みるみる改善し
入院後、ちょうど40日で退院する事ができました。
退院後は職業安定所に通い、仕事を探し、とりあえず見つけた仕事が
「学歴不問・年齢不問」で求人を出していた、印刷会社の印刷工の
仕事でした。
面接を受け、採用され、1987年8月から私は印刷会社の印刷工として
働き始めました。
この印刷会社に勤めた事が、実は、のちにキリスト教との出会いを
果たす、「奇跡」の巡り合いだったのです。
「奇跡」の巡り合いについては、また次回。
つづく・・・
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