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イラクのクルディスタン民主党幹部「ノールーズに独立宣言」報道を否定
2012年02月07日付 Radikal紙
トルコに滞在中のクルディスタン民主党外務担当ハウラーミー氏は、「バルザーニー地域政府大統領がノールーズにクルディスタンの独立を宣言する」という旨の報道を否定した。一方、公正発展党(AKP)のオメル・チェリキ副党首は、北イラクにあるクルド自治政府をあらゆる側面から支援するとし、「PKKテロ組織により、トルコの治安を脅かすテロに対し、北イラク政府を支援は大変重要だ」と述べた。
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クルディスタンに対する最初の重要な分割は1514年のチャルディラーンの戦いの後に行われ、1639年のズハーブ条約により公式のものとなった。
ケマル・アタテュルクによるアナトリア東部の再占領や他の差し迫った問題が、連合国にトルコとの再交渉を認めさせた。
結果、ローザンヌ条約により、現在のトルコ共和国の国境の大部分が確定された。これによりクルディスタンの独立の機会は失われた。
クルディスタンの他の領域は、両条約において、イギリスとフランスによる委任統治領(イラクとシリア)の内部に併合された。
1945年のサンフランシスコ会議において、クルド人の代表団は、クルド人が主張するクルディスタンの地理的な範囲を示した。この提案では、地域はアダナ近くの地中海の海岸から、ブーシェフル近くのペルシア湾の海岸まで広がっている。これには、ザグロス山脈の南の居住区であるルアも含まれている。
第一次世界大戦後はサイクス・ピコ協定を基本とした国際協定によりクルディスタンはいくつかの国に分割され、それぞれの国においてクルド人は少数派である
2017/1/2(月) 午後 6:24 [ トルコ観光旅行は安全で良かったよ ]