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以下、文科省・保安院発表の資料を慎重に調べたつもりですが、万一間違いがあった場合は、
ご容赦下さい。
原発事故の経緯を調べると、2011年3月16日から非常に高い汚染が見つかっていた
地点があります。それは国道114号線と国道399号線の交差点の付近の、浪江町・
川俣町・飯館村が接するところです。
汚染は3月16日から確認されていて、ちょうど福島第一から30キロちょっとの場所なので、
厳密に言えば、屋内退避エリアにもなっていませんでした。
3月16日の汚染
22北西30km 12:10 26.0(④)(地図)33 飯館村長泥 33㎞ 33北西30km
21北西30km 11:30 80.0(④)(地図)32 浪江町赤宇木手七郎 31 km
6 北西30km 11:23 58.5(④)浪江町津島仲沖 31 交差点114と399
25北西30km 12:15 35.0(④)浪江町津島仲沖 31 西北西30km
24北西30km 12:40 28.0(④)浪江町津島大高木 34 西北西30km
32陸土(浪江町)I-131 100000 Cs-134 20000 Cs-137 19000 Sr-89 81 Sr-90 9.4
33陸土(飯館村)I-131 160000 Cs-134 52000 Cs-137 51000 Sr-89 260 Sr-90 32
浪江町国道114号津島 雑草 12:49 I-131 1440000 Cs-134 857000 Cs-137 856000 Bq/kg
浪江(国114+国399交差点) 15:42 30超(⑤)浪江町津島(北)か浪江町南津島(南)浪江(国114、浪江−川俣町境)15:45 30超(⑤) 浪江町津島と川俣町山木屋
上記の地点は、ポイント31、32、33と呼ばれ、継続的に空間線量が測定され、
ずっと深刻な汚染が観測され続けるわけですが、その後、3月25日に枝野官房
長官から20−30キロの屋内退避エリアに対して、自主避難の呼びかけが
出されても、30キロを超えた地域は、対象外でした。
2011年3月27日には、次のFAXが出されています。
【厳重取扱注意】「現地の確認について(依頼)」(以下の依頼をERCへFAX)
1: 文部科学省が実施しているモニタリングにおいて、局所的に比較的高い空間線量率が観測されている31、32、33地点付近の住民の状況の詳細について回答願います.
記
3月27日昼頃受信した「比較的空間線最率が高いモニタリング地点の状況について」(平成23年3月27日、原子力災害対策本部事務局住民班)によれば、ポイント31、32、33付近に約200名程度の残留住民がいるとの情報があった。残留している住民が、各家屋で生活しているのか、それとも避難所等を設置し、集団で生活しているのか(避難所を設置している場合には、その場所に関する情報を含む)について、情報を連絡願いたい。また、併せてポイント31、32、33付近の避難所のリスト(地図)について情報を連絡願いたい。
しかし翌3月28日には、次の回答がされています。
「モニタリングポストNo. 31, 32, 33の地点の扱い」
(以下の助言を原子力災害対策本部事務局(住民安全班)へFAX)
平成23年3月27日22:00原子力災害対策本部事務局(住民安全班)より、照会のありました標記につきましては、以下のとおり回答します。
モニタリングポストNo.31、32、33のポイントで、最も空間線量率の高いNo. 32のレベルは17日に170マイクロシーベルト/時を記録したが、以降一貫して当骸線量率は低下傾向で、26日11時01分現在、45マイクロシーベルト/時と最も高かった時期の4分の1程度まで減衰している。当骸ポイントの3月26日時点までの積算線量は約15ミリシーベルトと試算された(参考1参照)。
空間線量率の低下傾向を考慮すると、積算線量が避難指示の指標の下限値(50ミリシベルト)を超える可能性は低いと考えられる。なお、参考1の下表は仮に最も高かったレベル(17日の170マイクロシーベルト/時)、20目前後のレベル(100マイクロシーベルト/時)、24目前後のレベル(70マイクロシーベルト/時)が、それぞれ今後一定に続くとした場合、50ミリシーベルトに達するまでの回数を慨算したものである.したがって、この概算値のみをもって避難の時期を判断すべきものではない。
日本は、最後まで避難させてもらえないのが、よく分かります。
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2013年11月12日
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