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3.11で、私の人生観は全く変わってしまいました。
あんなにひどい原発事故なのに、それを国民に伝えずに、多くの人に避けられた被曝をさせ、
飲ませることができた安定ヨウ素剤を飲ませなかった国に対して猛烈な怒りを感じます。
それなのに、原発マネーに汚れた政治家・財界・マスコミは、第3極やTPPで目くらましをやって、
人々をマインドコントロールして、脱原発を潰そうとしています。
すでにプレートが活動期に入っている日本において、原発を動かしながら、大地震が来るかどうか、
再びギャンブルをやるわけにはいきません。今度、原発事故を起こしたら、日本の国が未来永劫
立ち直ることができなくなってしまいます。
今が正念場です。命より大切なものはありません。
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長らくご愛顧いただきました「香港フリークマンマ」を改めまして、
「オレンジトマト」に改名いたしました。
香港にはもう4年も行っておりませんし、大好きだった香港も大陸の影響を受けて、
私が大好きだった頃とは様変わりしてしまい、もうしばらく行く予定もないのに、
「香港」を使うのも違和感を持っていたところ、昨今の緊迫するアジア情勢をみて
思う所があり、改名するに至りました。
歌舞伎の口上ではありませんが、
「
ずず、ずいーと、よろしくお願い申し上げ奉りまする〜」
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2012年
ロンドン・オリンピックは、7月27日から8月12日
LET'S ENJOY SUMMER
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人間の世界なんて宇宙に比べれば、
ちょっぽけなもの。
たまには夜空を見上げて、輝く星達をみて、
宇宙からのエネルギーを感じてみませんか。
お正月に見たのオリオン座の美しいこと。
心が洗われるほど、キレイでした。
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3.11を経験して、<地球>や<命>について
強く意識するようになりました。
逆境にあっても、助け合う姿をみて、なんど
感動の涙を流したことでしょうか。
震災後、俳優渡辺謙さんの宮沢賢治「雨ニモマケズ」の朗読が、Youtubeで公開されました。
宮沢賢治は岩手県花巻市の出身で、郷土岩手を愛した詩人・童話作家・教師・農業指導家・地質学者です。
賢治の生まれる2ヶ月前の1896年(明治29年)の6月15日には、「三陸地震津波」が発生し、岩手県に
多くの災害をもたらしました。また賢治が亡くなる年の1933年(昭和8年)3月3日に「三陸沖地震」が発生し、
9月21日に享年37才という若さで亡くなっています。誕生の年と最期の年に大きな災害があったことは、
天候と気温や災害を憂慮した賢治の生涯と何らかの暗合を感ずると、弟の宮澤清六氏は指摘している
そうです。(ウィキぺディアより)
その亡くなる2年前の昭和6年に東京で病気に倒れ、花巻で療養生活に入り、手帳に書きとめられたのが、
「雨ニモマケズ」でした。
宮沢賢治 「雨ニモマケズ」
雨ニモマケズ 風ニモマケズ
雪ニモ夏の暑サニモマケヌ 丈夫ナカラダヲモチ 慾ハナク 決シテイカラズ イツモシズカニワラッテイル 一日ニ玄米四合ト 味噌ト少シノ野菜ヲタベ アラユルコトヲ ジブンヲカンジョウニ入レズニ ヨクミキキシワカリ ソシテワスレズ 野原ノ松ノ林ノ蔭ノ 小サナ萱ブキノ小屋ニイテ 東ニ病気ノコドモアレバ 行ッテ看病シテヤリ 西ニツカレタ母アレバ 行ッテソノ稲ノ束を負ヒ 南ニ死ニソウナ人アレバ 行ッテコハガラナクテモイイトイヒ 北ニケンクヮヤソショウガアレバ ツマラナイカラヤメロトイヒ ヒデリノトキハナミダヲナガシ サウサノナツハオロオロアルキ ミンナニデクノボートヨバレ ホメラレモセズ クニモサレズ サウイフモノニ ワタシハナリタイ 日本の心を大事にして、日本の良いところを残して生きたいと、強く思いました。
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