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>ソ連は、帝政ロシアを倒してつくられた国です。史的唯物論からいえば、本来、封
>建制から資本制に移行するはずのものがロシア社会民主党(のちソ連共産党)が
>政権を取ったために、社会主義に一気に移行してしまった。
市民社会の解剖学の一般的結論から、導きの糸として引き出された唯物論的歴史把握によれば、「本来、封建制から資本制に移行するはずのものが…社会主義に…移行してしま」うなどありえないことです。 資本主義になるはずなら、資本主義になるのが歴史の法則性ではないでしょうか? 「ロシア社会民主党(のちソ連共産党)が政権を取ったために」とか、「レーニンがケレンスキー政府を倒してしまったので」とか、“誰が権力を握るかで社会構成の性格が変わる”と考えるのが「史的唯物論」とやらなのでしょうか? それは、経済学批判体系に基づく歴史の唯物論的把握とはまったく異質の非科学的見解だといわざるを得ません。 「○○が権力を握れば、資本主義」、「××が権力を握れば社会主義」という把握は、マルクスが用いた概念を流用して語られたとしても、全く根拠のない妄言にしかなりません。 なぜなら、権力把握の主体としての「階級」は、社会主義や資本主義といった社会的構成や生産関係に先行して存在するわけではないからです。 最も肝心な点は、階級関係に対して疎外された労働が先行するということ。
資本論 第3部第7編 《生きた労働力にたいして自立化された、ほかならぬこの労働力の諸生産物および活動諸条件――まさにこれらのものがこの対立を通して資本において人格化されるのである。》 生産手段の労働する諸個人に対する対立、自立化が先にあって、生産手段が資本に転化し、最後にこの資本が人格化した結果として資本家が発生します。 労働する諸個人の生産諸手段に対する働きかけverhaltenが、疎遠なものに対する様態で行わるなら、例えどのような主張を掲げた勢力が政治権力を担おうと、生産手段は資本に転化し、労働する諸個人は賃労働者に、生産手段の管理者は資本家に人格化し、資本主義的生産関係が形成され、権力を掌握した政治勢力も、この関係における支配者の利害を代表するようになるのです。
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自分の認識枠組みを「法則」と詐称する時点で、本稿も本稿が俎上に載せる論者も、目くそ鼻くその類でしょう。と、そう私は考えます。
[ KABU ]
2012/1/14(土) 午後 4:54
マルクスを読めていないですね。マルクスは一つは自分の理論を西ヨーロッパに限っていたこと、しかも、ロシア革命は資本論に反した革命ではなく、資本論の論理に沿った革命であること、唯物史観は単線的発展の時間軸で把握するのではなく複合的発展の弁証法で理解しなくてはなりません。
この文章はマルクスを擁護するためにソ連は社会主義ではなかったといいたいのでしょうが、ソ連はまぎれもない社会主義です。それもマルクスの理論に叶った。バクーニン始めアナキズムはマルクスが生きている時からマルクスの理論の強権制を指摘していました。
もちろん、マルクスにも古典としての価値はありますが、もうソ連が崩壊した中、マルクスについてのこんな議論は意味がありません。
[ ゴンタ ]
2012/1/14(土) 午後 10:30
ブログ友の阿蘇地☆曳人様の記事です。
「俺妹」にインスピされたようなタイトルと、円環の外に思考を持つ者の独特な主張を内包する良い記事だと思いまして、転載させていただきました。 主義主張は別として、ブログ記事として優れているとおもいます。
2012/1/14(土) 午後 10:52
>KABU先生
こちらにもコメントありがとうございます^^
阿蘇地さんに関しては、面白くないと感じる方もここには沢山いらしているのは知っていますが、私は彼に悪意を持ってこの記事を転載したわけではありません。
この記事を論理的に弁護することは私にはなし得ませんが、ブログを己が思考の小宇宙とも見做す表現媒体と見做すなら(その意味で私も阿蘇地さんも、おそらくは殆どのブロガーさんが、共通項を持っているかと)、面白い観点ではあると思うんです。阿蘇地さんは、日本人的ですらあるかと。
もっと凄い小宇宙を展開する方なんかも、当ブログにはいらしてますしね。
2012/1/14(土) 午後 10:57
>ごんたさん
お待ちしていました。
ポエマーのごんたさんより、私的にはアナキストのごんたさんのマルクスに関する論理的文章の方が魅力的なんですよね。
ブログ上で表現される論理的文章というのは、非常に詩的である、というのは私の持論なんですが、今まで特にごんたさんはそれをなかなか表に出してくれなかったもので(笑)
阿蘇地さんの記事は(思考の小宇宙と私が表現しましたが)その点で優れています。ごんたさんが本気を出したのが、その証左なんじゃないかな、と。
意見の内容は問いません。ただ、本気なごんたさんがみたい。今後もよろしくお願いいたします。
2012/1/15(日) 午後 10:17
>午前 0:14の内緒さん
こんばんは^^
コメントありがとうございます。
マルクスっていうのは偉大なんだな、と思います。その社会思想を(解釈を加えて)運用した国家が歴史的に行ったことを、私は全く認めませんが、その影響力が現代日本社会にまで及んでいることを全否定出来ないからです。
しかし、私の世代におけるマルクスは、その影響力の有無は別としてごくごく一部を除いては「誰も興味がない」んですよ。まぁ、これも当然といえば当然なのですが、その影響力を知る上ではマルクスの意見を知ることも不可避であると考えています。
「だったら本読め」という問題ではなく、私的にはブログ上で展開される意見交換にヒントがあるんじゃないかと。幸いにも私のブロ友さんにはマルクスにお詳しい方が多いので、この記事は良い叩き台になったと思っています。
丁寧に教えていただきありがとうございます。
今後ともよろしくお願い致します。
2012/1/15(日) 午後 10:31
こんにちは。
どの記事のことかなぁ〜と探してたら、この記事でしたかw
意外かもしれませんが、私、日本のマルクス“主義者”の空理空論にはなんの興味もないんで、とくにコメントとかないんですねコレが。
勿論、この記事の主張にとくに反論とかはないです。マルクス”主義者“達へのこの指摘は至極最もだと考えてますし。
それより古典派リベラルwの私としては、現代民主主義、福祉国家や行政国家、日本の保守主義に対しての考察を進めていきたいなと考えてます。今体制側にいる連中は、影響力が皆無なマルクス主義者よりよほど危険な連中だと思ってますから。
[ フレディ ]
2012/1/16(月) 午後 2:25
>フレディさん
こんにちは^^
お待ちしておりました。コメントありがとうございます。
これで揃いましたね。
>今体制側にいる連中は、影響力が皆無なマルクス主義者よりよほど危険な連中
おっしゃるとおりですね。実際立法し、行政「出来る」力を有しているわけで、その上、部分的には主義者より空理空論且つ政局重視且つ自己保身にたけているとなると、こちらに比重が置かれるのはやむを得ないかと思います。
2012/1/17(火) 午前 11:41
ソ連が社会主義であったという事実はソ連であれ日本の共産主義運動であれ結局、党官僚の独裁しか作れなかった事実、現実です。
日本にもソ連を赤色帝国主義、スターリニストレジュームなど反スターリニスト新左翼運動がありましたが、ミニソ連に終わっただけです。
僕はマルクスが全く駄目だとは思いませんが、ロシア共産党の流れを組むマルクス理論ではもうどうしようもないところに現実に来ています。
マルクスをベースに革命なり、改良を考えるならばドイツ共産党反対派の議論が面白いと思います。
ローザ、ルクセンブルクの流れを組んだ潮流です。
カール、コルシュやローゼンベルグぐらいが訳されているだけですが。
マルクスの最大の弱点は時代的制約もあり、西欧主義者だということです。フランク、リオリエント参照
もちろん、マルクスが資本論をほっぽりだして、晩年ロシアのミール共同体を研究したのは自分の誤りに気がついたためでしょう。
(共産党宣言ロシア語版序文、ザスリーチ宛の手紙参照)
ここでは通俗的マルクス主義がマルクスによって批判されています。
[ ゴンタ ]
2012/1/17(火) 午後 10:13
>ごんたさん
こんばんは^^
コメントありがとうございます。
私は特にマルクスをベースに革命なり改良なりをしたい訳ではないのですが、マルクスが完全に不必要だとも考えていないのです。
社会思想としてのマルクスには否定的ですが、経済学のジャンルではまだ必要だと思うんですよ。
しかし、マルクス自身が通俗的マルクス主義を批判したとか、初めて聞くことが多くて、ごんたさんのコメントは勉強になります。自分自身の説を否定とか、ウィトゲンシュタインと少し似ていますね。
2012/1/18(水) 午後 11:11