鎌倉古芸風門武芸帳(防具付総合武道・日本拳法道)

田川・筑豊・北九州・行橋 護身・総合格闘技・古武道 風門館HP http://www5.atwiki.jp/wotoko/

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さて、御更衣の言振り的意味合いは、過去、何度も書いているので、今回ははしょって、いきなり本題に入る。
 
春分の日前後に行う「御更衣」を「飛び梅の御更衣」と言う。ちょうど梅の咲く頃であるから、そう名付けられたのだが、とりわけ「飛び梅」に意味がある。「飛び梅」と言えば、そこから思い浮かぶのは、管公。
 
そう、豊前福光党は、管公を遠祖と仰ぐ、美作菅家党の末を自称する血族集団であった。むろん、自称・私称の類であるから、それの真偽などはかりようがない。
 
しかし、なぜ、管公を遠祖と仰ぐのかには、大きな意味があった。なぜなら、古術の言振り信仰の根幹教義は、
かの有名な管公の歌。
 
このたびは 幣も取りあへず 手向山 紅葉の錦 神のまにまに   菅原道真

に集約されているからである。これを古術の「言振り信仰」では、神の前に、供え物の多寡をもって信仰の厚さを計るは愚。供物はたとえ貧しくとも、神を愛し、敬い、神の御心ままに生きると言う覚悟があれば、それこそを神は喜ばれると言う思想を生み出した。
 
一体誰が、生み出したのか、今となっては謎であるが、この思想は、江戸期、徳川幕藩体制の元、国教化し、戸籍管理をも行いながら、百姓を支配した仏教勢力から見れば、まさしく悪魔の思想であろう。
 
だから、古術は、潜っていた。
 
仏の御利益と言いながら、納める金の差で法名が違う。こういうものに対する反発。また、戸籍を管理されることへの反発。
 
表だってはできない、だからこそ、密かに、自らの思想信条に従い、潜って自らの信じる信仰を守るための思想・信仰集団を作り上げた。
 
それが、豊前福光党の本質であった。豊前福光派古術とは、その思想・信仰を守るための自存・自衛のための武技であったと言うのが根幹的な本質なのである。 
 
僧侶もなく、神主も必要としない。ただ、直き、心をもって神の御前にて、ひたすらに敬い、神のまにまに生きると誓う。私は、西洋のプロテスタント思想に近いものを感じる。社家神道からしても邪道。既存の里村の喜捨に頼る仏教からすれば、まさしく魔敵思想。
 
なぜなら、古術の言振り信仰が成立すると、僧侶も神主も必要なくなるからである。
 
江戸期であったら、極めて革命的発想であり、極めて危険思想であったろうと思う。しかも反幕尊皇思想。
 
隠れざるを得なかったと思う。
 
こういうものを残す意味があるのかどうか私には分からないが、少なくとも古術とは何であったのかと言うことは書き残しておきたいと言う願いもあり、こうやって日々、書き連ねている。
 
以下。続く。

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