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ちゃんと黙祷しましたよもちろん。出かけだったから外階段の踊り場だったけど。サイレン鳴るのと同時に手を合わせましたわ。
そんなわけで、二年前の今日に思いを馳せてみる。
といっても、覚えてることなんてほとんどなくて、断片的に鮮明な記憶が残ってたりする程度だけれど。
地震起きた直後はなんか、死ぬかと思った記憶しかないけど。
死を覚悟するのと同時に「こんなところで死んでたまるか!」って思ったり、「我が人生に一片の悔い無し!」って思ったり。はっきり言って混乱してたわ。
あと地震で消しゴム無くした。ちみっちゃい消しゴム無くした。揺れでどっか飛んでった。
世紀末的な光景だったような気がする。曖昧な記憶。
本棚の本がぶちまけられて、Myテレビが落っこちてた世紀末的光景。あとガラスの花瓶蹴っ飛ばして割った。
後は何かもう、ひたすら水を運んでいた記憶しかないけどね。断水で。
原発とか、放射能とか、現実味が無さ過ぎて危機感ゼロだったよね。多分当時の俺の放射能に対する認識って「煙草の煙と同じぐらいの有害度」程度だったと思うよ。事故後最初に降った雨にモロ打たれたし(ちょっとした自慢)。
テレビつけても番組やってないっていうのは、なんていうかある意味楽しかったけどね。
でもお風呂入れないのは辛かったかな。ある意味一番辛かったな。
ずっとこたつでゲームしてるか、絵を描いてるか、水運んでるかの毎日でしたなそういえば。
何にも縛られないでのーんびり引きこもっていたあの頃は正直楽しかったです(
……思い返してみても、あまり辛かった記憶がないな。辛い記憶はデリートしたのだろうか。出来の良い脳味噌め。
あまり楽しかったこと語っても不謹慎だと怒られそうなのでやめておきます。でもこれがある意味等身大。全員が悲しんでいるとは限らないんだぜ。全員が悲しくないとも限らないが。
ともかく、きっと忘れないな。3.11。体験しちゃったし。経験しちゃったし。
誰が忘れても多分俺は忘れないし、死ぬまでずっと覚えておくし、経験として生かすのでね。
ただ言えるのは、津波とかの二次災害さえなんとかなれば、地震自体はそれほど大変じゃないってことかな。
都会の方は分からないけど、津波と火災さえ起きなければ、頑張れば食べ物も水も困らない。でも水は溜めておけ。風呂にたっぷり溜めておけ。地震起きてすぐ水道は止まらない。水道が止められる前に生活用水を溜めておけ。雨水活用でも可。水は要る。絶対にだ。
あとは家さえ無事なら大丈夫。家無事なら避難要らない。家で普通に生活できるはず。停電さえしなければ。
あ、防災なら突っ張り棒よりL字金具のがオススメです。はい。
と、近いうちに大きいのが来るらしい都会の皆さんに簡単なアドバイス。
案ずるよりっていうか、揺れにビックリさえしなければきっと大丈夫。割となんとでもなる。少なからず、物資が届けられなかった俺の地方に比べれば圧倒的に大丈夫になるはず。
ので、まぁ、まずは生きのびればなんとかなるので、生きてくださいね。
以上。アドバイス終わり。
最後に、ありきたりだけれど哀悼の意を。
ご冥福をお祈りいたします。復興頑張ろうぜ。
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