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いよいよ 国家崩壊が始まった ・・・ ( ̄ー ̄) #2000万円貯めるよりも自民党と公明党を落とすほうがずっと簡単です

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https://ryukyushimpo.jp/news/entry-941125.html

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沖縄戦での久米島で、米軍から逃れて自死しようとして住民の呼び掛けで一命を取り留めた渡嘉敷一郎さん=19日、東京都練馬区の自宅

 【東京】沖縄戦で本島における日本軍の組織的戦闘の終了後、久米島に配備されていた日本軍にスパイ容疑で虐殺された仲村渠明勇さんに命を救われた少年がいた。現在、東京都練馬区で暮らす渡嘉敷一郎さん(80)だ。渡嘉敷さんは久米島に上陸した米軍に捕らわれるのを恐れて池に飛び込んで命を絶とうとしたところ、仲村渠さんの呼び掛けで思いとどまった。同じ久米島出身の妻政子さん(80)が住民虐殺の歴史を語り継ぐ活動を続けており、一郎さんも参加して語り始めた。本紙に体験を語るのは初めてで「一番怖かったのは日本兵だった」と振り返る。

 沖縄本島で捕らわれた仲村渠さんは1945年6月26日、米軍と共に久米島に上陸し、住民に投降を呼び掛けていた。日本のポツダム宣言受諾後の8月18日、島にいた日本軍の通称「山の部隊」(鹿山正海軍通信隊長)の兵士に妻子と共に殺された。

 渡嘉敷さんは旧具志川村(現久米島町)仲泊の出身で、戦争中は50〜60人で避難生活を送っていた。「ヒージャーミー(米国人)に殺される」との話が住民の間に広まっていった。米軍上陸後、母親の親戚と一緒に逃げていた渡嘉敷さんは、池に飛び込もうとしていた矢先、「もう戦争は終わったよ。もう死ぬことはないぞ」という仲村渠さんの呼び掛けを聞いた。「あれは西銘(集落)の明勇だ」と誰かが叫び、われに返った渡嘉敷さんは投身を思いとどまった。

 当時、島では日本軍の隊長からは「山に上がって来ない者は殺す」との命令が下されていた。上陸してきた米軍からは、日本兵が軍服を捨てて住民にまぎれこんでいることから「家に戻りなさい。戻らなければ殺す」と投降の呼び掛けが出ていたという。どちらを選択しても死を迫られるという苦しい状況に住民は置かれていた。

 渡嘉敷さんは「明勇さんは案内人として米軍に連れてこられていた。村人が隠れているところを回って、投降を説得するのが役割だった。明勇さんに命を助けられた。島の人にとっては恩人。それを、逃げるところを後ろから日本刀で切って殺されたと聞いた」と悔しそうな表情を浮かべた。


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久米島であった日本兵の虐殺事件や、集団投身自殺寸前で思いとどまった体験などを話す渡嘉敷一郎さん(右)と妻の政子さん=19日、東京都練馬区の自宅


■ほかにも住民虐殺が…

 久米島では日本軍による住民虐殺がほかにも起きている。渡嘉敷さんの妻政子さん(80)=同村仲地出身=は「島の人も関わったとされタブー(禁忌)となってきたが、何らかの形にして事実として伝えていかないといけない」と東京で島の沖縄戦について語り続けている。

 日本兵による住民虐殺は当時から住民の間でうわさになった。政子さんは「大人たちが屋号で『どこどこの誰々が殺されたよ』『部落の方で異様なことが起こっているよ』と話していたのを聞いていた」と話す。

 戦後も虐殺があったと聞いた場所に来ると、カヤを結んだ魔よけを手に通ったものだった。「子ども心にも、その時のことが思い出され、たまらない気持ちになった」。大人になって久米島の戦争の本を読んで、「ああ、あの話はそうだったのか」と記録と記憶がつながっていった。

 小学校1年で教えてくれた教諭が、島に配置されていた中野学校出身で「上原敏雄」を名乗る残置工作員だった。ある時、学校に米軍の憲兵が来て、2人で教諭を羽交い締めにして軍用車両で連行していった。その後の消息は知らないという。

 住民虐殺というテーマを語り継ぐのは重いため、得意の三線も交えて伝えている。島の悲劇にあえて向き合う夫婦。「今も残された者も重荷を背負いながら生きている」との思いを背に語り継いでいる。

 今年の慰霊の日は午後2時から、東京都練馬区立男女共同参画センター「えーる」で、久米島の沖縄戦について政子さんと一郎さんが語る会が催される。

(滝本匠)
久米島における沖縄戦での住民虐殺

 久米島に駐留した日本軍の通称「山の部隊」(鹿山正海軍通信隊長)が、6月26日の米軍上陸後にスパイ嫌疑で住民20人を殺害した。米兵に拉致された住民を「スパイ」と見なし、目隠しのまま銃剣で刺し、家に火をつけて焼き払うなどした。朝鮮人家族も犠牲になった。島には残置工作員が具志川村に上原敏雄、仲里村に深町尚親を名乗る2人(いずれも偽名)が小学校に配置されており、住民虐殺への関与が疑われている。

転載元転載元: ニュース、からみ隊

https://ryukyushimpo.jp/news/entry-941125.html

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沖縄戦での久米島で、米軍から逃れて自死しようとして住民の呼び掛けで一命を取り留めた渡嘉敷一郎さん=19日、東京都練馬区の自宅

 【東京】沖縄戦で本島における日本軍の組織的戦闘の終了後、久米島に配備されていた日本軍にスパイ容疑で虐殺された仲村渠明勇さんに命を救われた少年がいた。現在、東京都練馬区で暮らす渡嘉敷一郎さん(80)だ。渡嘉敷さんは久米島に上陸した米軍に捕らわれるのを恐れて池に飛び込んで命を絶とうとしたところ、仲村渠さんの呼び掛けで思いとどまった。同じ久米島出身の妻政子さん(80)が住民虐殺の歴史を語り継ぐ活動を続けており、一郎さんも参加して語り始めた。本紙に体験を語るのは初めてで「一番怖かったのは日本兵だった」と振り返る。

 沖縄本島で捕らわれた仲村渠さんは1945年6月26日、米軍と共に久米島に上陸し、住民に投降を呼び掛けていた。日本のポツダム宣言受諾後の8月18日、島にいた日本軍の通称「山の部隊」(鹿山正海軍通信隊長)の兵士に妻子と共に殺された。

 渡嘉敷さんは旧具志川村(現久米島町)仲泊の出身で、戦争中は50〜60人で避難生活を送っていた。「ヒージャーミー(米国人)に殺される」との話が住民の間に広まっていった。米軍上陸後、母親の親戚と一緒に逃げていた渡嘉敷さんは、池に飛び込もうとしていた矢先、「もう戦争は終わったよ。もう死ぬことはないぞ」という仲村渠さんの呼び掛けを聞いた。「あれは西銘(集落)の明勇だ」と誰かが叫び、われに返った渡嘉敷さんは投身を思いとどまった。

 当時、島では日本軍の隊長からは「山に上がって来ない者は殺す」との命令が下されていた。上陸してきた米軍からは、日本兵が軍服を捨てて住民にまぎれこんでいることから「家に戻りなさい。戻らなければ殺す」と投降の呼び掛けが出ていたという。どちらを選択しても死を迫られるという苦しい状況に住民は置かれていた。

 渡嘉敷さんは「明勇さんは案内人として米軍に連れてこられていた。村人が隠れているところを回って、投降を説得するのが役割だった。明勇さんに命を助けられた。島の人にとっては恩人。それを、逃げるところを後ろから日本刀で切って殺されたと聞いた」と悔しそうな表情を浮かべた。


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久米島であった日本兵の虐殺事件や、集団投身自殺寸前で思いとどまった体験などを話す渡嘉敷一郎さん(右)と妻の政子さん=19日、東京都練馬区の自宅


■ほかにも住民虐殺が…

 久米島では日本軍による住民虐殺がほかにも起きている。渡嘉敷さんの妻政子さん(80)=同村仲地出身=は「島の人も関わったとされタブー(禁忌)となってきたが、何らかの形にして事実として伝えていかないといけない」と東京で島の沖縄戦について語り続けている。

 日本兵による住民虐殺は当時から住民の間でうわさになった。政子さんは「大人たちが屋号で『どこどこの誰々が殺されたよ』『部落の方で異様なことが起こっているよ』と話していたのを聞いていた」と話す。

 戦後も虐殺があったと聞いた場所に来ると、カヤを結んだ魔よけを手に通ったものだった。「子ども心にも、その時のことが思い出され、たまらない気持ちになった」。大人になって久米島の戦争の本を読んで、「ああ、あの話はそうだったのか」と記録と記憶がつながっていった。

 小学校1年で教えてくれた教諭が、島に配置されていた中野学校出身で「上原敏雄」を名乗る残置工作員だった。ある時、学校に米軍の憲兵が来て、2人で教諭を羽交い締めにして軍用車両で連行していった。その後の消息は知らないという。

 住民虐殺というテーマを語り継ぐのは重いため、得意の三線も交えて伝えている。島の悲劇にあえて向き合う夫婦。「今も残された者も重荷を背負いながら生きている」との思いを背に語り継いでいる。

 今年の慰霊の日は午後2時から、東京都練馬区立男女共同参画センター「えーる」で、久米島の沖縄戦について政子さんと一郎さんが語る会が催される。

(滝本匠)
久米島における沖縄戦での住民虐殺

 久米島に駐留した日本軍の通称「山の部隊」(鹿山正海軍通信隊長)が、6月26日の米軍上陸後にスパイ嫌疑で住民20人を殺害した。米兵に拉致された住民を「スパイ」と見なし、目隠しのまま銃剣で刺し、家に火をつけて焼き払うなどした。朝鮮人家族も犠牲になった。島には残置工作員が具志川村に上原敏雄、仲里村に深町尚親を名乗る2人(いずれも偽名)が小学校に配置されており、住民虐殺への関与が疑われている。

転載元転載元: ニュース、からみ隊


「安倍さんも菅さんもトランプさんの鼻息をうかがって寂しいな」

横浜市の林文子市長(73)がカジノを含む統合型リゾート施設(IR)の誘致を表明したことを受け、「ハマのドン」こと藤木幸夫横浜港運協会会長(89)が23日、「山下ふ頭は我々の聖地。命を懸けて反対する」と緊急会見した。

藤木会長は「顔に泥を塗られた」と林市長に不快感を示しながらも、「泥を塗らせた人がいることがいることははっきり分かっている」と、市長の背後にいる“敵”と戦うことを明言した。

   ◇   ◇   ◇

カジノのない「横浜港ハーバーリゾート構想」を林市長に提案していた藤木会長は「林さんには顔に泥を塗られた。泥を塗ったのは林さんだけど、塗らせた人がいることははっきり分かっている」と語った。

林市長の背後で操る力を「ハードパワー」と表現した藤木会長は、「ハードパワーとは横浜選出で陰の市長ともいわれる菅義偉官房長官のことか」と尋ねられると、「そう思うのはあんたの自由だが、菅さんは安倍さんの腰巾着。安倍さんは米国の腰巾着。安倍さんも菅さんもトランプさんの鼻息をうかがって寂しいな」と答えた。

トランプ大統領への大口献金者が会長を務めるカジノ運営大手「ラスベガス・サンズ」と、それに忖度(そんたく)する空気がハードパワーであることを示したとみられる。ラスベガス・サンズは大阪から撤退し、東京と横浜でのIR開発に注力することを明らかにしている。

横浜市は、山下公園に隣接する山下ふ頭にIRを誘致する方針だ。山下ふ頭には藤木会長率いる港湾事業者の倉庫が立ち並ぶが、土地の98%は市と国が所有している。市が2022年度までの立ち退きを求めていることに藤木会長は「ここは俺たちの聖地だよ。立ち退くなら役所が立ち退け」と言い捨て、仮に強制執行されても「黒沢明監督の映画『蜘蛛巣城』のまねをして、ここで寝泊まりする」と体を張って抗戦するプランまで明かした。

「藤木がやることは、山下ふ頭を守ることだ、山下ふ頭をばくち場にしないことだ」。藤木会長らはこの夏、山下ふ頭をEXILEのコンサートに開放した。1万人が集まったという。「実にいい観衆でね。そういう場所としてここを使いたいね」と話した。【中嶋文明】

◆藤木幸夫(ふじき・ゆきお)1930年(昭5)8月18日生まれ。横浜港を中心に港運、荷役、倉庫をなどを営む藤木企業の会長。横浜エフエム、横浜スタジアムの会長も務めている。二階俊博自民党幹事長ら政界とのパイプも太く「ハマのドン」として知られる。

転載元転載元: 北海道は素敵です!!

【たった一人で「れいわ新選組」を立ち上げ寄付で参議院選挙で「社会現象」を起こした山本太郎氏と親の地盤、看板、カバン(お金)を引き継いだ世間知らずの小泉進次郎氏とは大きな違い】
 大分日にちが経ってしまったが、8月5日のTBS「1930」に「れいわ」の山本代表が出演し、小泉進次郎の本性について言及したことを思い出した。放送から時が経過したが、やはり紹介したくなり投稿します。
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【山本太郎と小泉進次郎は真逆の人間なのだ、180度見てる方向が違う!!】
 そもそも、小泉進次郎は所詮は世襲議員であり、なんの苦労もしていない、親の小泉純一郎元総理大臣の地盤、看板、カバン(お金)を引きついだだけの人間で、庶民の感覚など、まったくない男だ。
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 一方の、山本太郎氏は、この前の参議院選挙で、たった一人で「れいわ新選組」を立ち上げ自分の政治生命をかけてやり抜いた男。
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 まあ、雲泥の差があり、月とスッポンであるのは明白だし、そもそも、最初から見てる方向が逆の二人なのだ。

この動画での演説を見てもほしい国会で6年で感じた怒りをぶつけている。真剣勝負である。
何回見ても泣きそうになる。心と魂に響く演説である。
【山本太郎 涙する 20190505 福岡・小倉駅 小倉城口前デッキ 参院選 れいわ新選組 全国比例】


さてこの前のTBSーー。

【8月5日のTBSの番組「1930」での話し】
TBSキャスター
「小泉進次郎さんとも似たような世代ですけど、組んでみるってことはアリですか?」
山本太郎
「どうなんですかね?けっこうアメリカ側の意向とか強そうですよね。大丈夫ですかね。CSISとの方とか深いつながりがあるじゃないですか。そう考えると、お父さん(小泉純一郎氏)のラインを引き継いでるんじゃないかなと思ったりするんです。」
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【山本太郎さんは、ジャパンハンドラーズと小泉家の関係をTVの生放送で暴露したのだ】
 CSISとは、米戦略国際問題研究所のことで、ネオコンの牙城と言われるシンクタンクであるーー。
【当たり前のことですがジャパンハンドラーと日本の政財界は繋がっている
 ジェラルド・カーティスは日米同盟関係の重要性を日本国民の頭に植え付ける、そういう使命を帯びた政治学者だ。また反小沢の急先鋒民主党渡部恒三最高顧問の息子渡部恒雄は以前主席研究員として勤務していた。
 渡部恒雄は現在CIAエージェントであった笹川良一の笹川財団(現日本財団)が設立したCSIS日本支部である東京財団の主席研究員である。 東大に留学していて日本語を話すマイケル・グリーンはCSISの現役日本部長で安全保障関係のシンポジュームやNHK政治討論会によく出て くる人物だ。
 彼は「『政権を握ったら』公約は捨て去れ」と民主党政権に提言している。まさに安倍政権がこれを実行している。
日本を喰い尽くす策略を本気で強行しようとしている巨大な闇の権力がある。
ーー以下略ーー 

※詳細は「るいネット」
【アメリカ→官邸→マスコミによる支配 日本人には知らせてはいけない〜米戦略国際問題研究所(CSIS)とは〜その1】 
http://www.rui.jp/ruinet.htmli=200&c=400&t=6&k=2&m=308790
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【学力もない小泉進次郎をコロンビア大学に無理矢理押し込んだのはジェラルド・カーティスである】

 小泉純一郎元首相の息子の小泉進次郎が、特別の扱いでCIAエージェントであるコロンビア大学教授ジェラルド・カーティスの推薦で2年ほど籍を置いていたところである。
 それほど元首相の小泉純一郎氏はアメリカに貢献したということだろう。
 口先だけ大衆受けするかっこいいことを言っているが、小泉進次郎は所詮、日米支配層の情宣代理人なのである。
 彼が総理になどなったら、また父同様、安倍晋三同様、アメリカ様に気に入られる政治をやるしかない。

【冒頭に書いた「進次郎と太郎が組む」バカな質問をするTVキャスター、それほど進次郎はいい風に誤解されている】
 山本太郎氏と小泉進次郎氏とは真逆の人間なのに多くの国民はそれを知らない。
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 もう一度言おう!!
小泉進次郎は、真に日本国民のための政治をやっている山本太郎とは全く違う政治家であり、日本国民ではなく米国を見てる政治家である。
そして、小泉進次郎は国民の苦労などしらない所詮は世襲議員ということなのだ。

転載元転載元: 山と土と樹を好きな漁師 ー「佐々木公哉のブログ」

忙しいのであまり佐野SAのできごとに言及できないが、代わりの労働者を雇ってスト破りをしたことについて、職安を通さなければ違法じゃないとか、スキャップ禁止の協約を結んでないから違法じゃないとかありますが、そういう問題じゃないんですよ。労働者側が必死にストを打っているのに、他の労働者を雇って営業を再開するというのは、それはそこで起きている争議と向き合わないという使用者の姿勢を示したものなのです。なので、違法どうこうではなく、健全な労使関係を築く意思を持っていないその姿勢をまずは非難すべき行為なんですよ。一部メディアの報道は全くその点に無頓着で悲しいものがありますが、そこもしっかり批判していくしかないでしょうね。みんながあの報道姿勢を批判的に論評することが大事だと思います。

転載元転載元: 葉梨愛ツイッター的ブログ

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