日本が元気になる道筋

自然と人間を「活かし」・「つなぎ」、国と国を「和」で結ぶ、ピース・ジャパン

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ブログ移転のため、移転前の過去のブログを転記します。
以下 2009年3月9日(火)掲載 より

S.K様

謹啓

 歓談の変化の激しい毎日が続きますがご清祥にお過ごしのこととお喜びを申し上げます。


 家内、みなせが病気で倒れてからこの2月28費で1年経ちました。その時以来、色々とご心配、お見

舞いのお言葉を頂いて厚くお礼を申し上げます。本人の病状としては、左手足を始めとする左半身の麻

痺、気管切開呼吸、栄養を口からではなく胃口一で摂取、病院のベッド上の生活が続いていますが、生命

が助かり意識が恢復し、筆談ですが会話の交換が出来るようになりました。嬉しいことです。本人も皆様

のお心遣いに心から感謝をしております。


本人の切なる希望により、みなせの名前の由来「水無瀬の里」に因んだ京都の「おかき」をお送りいたし

ます。日をあらためて別便になりますが、京都の小倉山荘より「おかき」をお届けしますのでご笑納下さ

い。「おかき」の袋には小倉百人一首が印刷してあります。経済学の林直道博士によれば、これを同封の

A3版のように10行10列に並べると、右の6列が百人一首を編纂した藤原定家の恩人、後鳥羽院が愛

し水無瀬離宮の景色が現れるというものです。


 「おかき」の味と、京都の南、淀川右岸のサントリー山崎工場があるあたりの「水無瀬の里」の景色を

お楽しみ下さい。
                                               
                                            謹白
 
                                               
                                     2009年3月1日

                                           Y.K

                                           みなせ

        ――― 【返信】 ―――

Y.K. 大兄

 雨の多い季節ですが、日本の自然の恵みと受け止めています。

お手紙で、この一年貴兄と夫人の前向きの生き方に感動しました。

少しでも、学びたいと思っています。

また奥さんのお名前「みなせ」の由来を知り、

私たちの祖先が、自然とどう向き合ったのか学びました。

「水無瀬の里」は、執筆中の流域圏を軸に、

地方再生を、自然と人間の営みの再構築と捉え、

山と川と海、田と畑、ムラとマチを活かし・つなぐ、

生活文化の「国のかたち」と符合しました。

周囲の人々にも、毎日お二人と「水無瀬の里」の話をしています。

 お身体大切に。奥さんにも宜しくお伝え下さい。

                                        S.K.

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