日本が元気になる道筋

自然と人間を「活かし」・「つなぎ」、国と国を「和」で結ぶ、ピース・ジャパン

全体表示

[ リスト ]

 テロから始めよう。今度のパリのも、9.11と同じく、人類史に残る歴史的な事件の一つだ。それを、どう見るかだが、「国民と一緒に、デモをしたのではいけない」という在日中国人の意見を聞き、私も同感した。殆どがテロを非難する大合唱だが、それだけでは解決しない。そんな簡単な問題ではない。

 今の状況では、世界のどこにも解決能力はない。テロをやっても解決しないし、破壊が進むだけだ。アメリカやフランスなど、そしてロシアが空爆をしても、戦争で破壊は進むが、それで解決はしない。9.11の時のブッシュと同じだ。

 プーチンに注目が集まっているが、それは欧米とロシア間の問題で、そこに核心はない。冷戦時代の延長で、プーチンは動いているだけだ。資源立国も原油の値下がりが影響し、国内経済は行き詰まっている。

 オバマも、次のカードがないのは判っているだろう。就任当初オバマが掲げたビジョンには、確かに人類を惹きつける魅力があった。だが、もう誰も信じないだろう。

 私はメルケルを非常に評価しているが、彼女はテロに屈しないことを示すため、あの日サッカーを観戦する予定だったが、サッカー自体が中止になったという。メルケルが有能でも、西欧社会育ちで、その枠は超えられない。

 9・ 11の時にブッシュは、中東戦争に突っ込み、そして解決できなかった。私に言わせれば知恵が足りなかったと思う。世界システムのあり方を、見つめ直すような寛容さがあったらと。オバマで少しは変わるかと期待したが、現実にはブッシュ以後と大きくは変われなかった。

 アメリカだって、中東戦争、遡ればベトナム以来、それが力で解決できないのは分かっているのではないか。でも片方で、未だに軍事力で解決する方策も捨てないでいる。国内では内向きになって、外へ出て行くよりアメリカの内を何とかして欲しいという声が底流に。

 それは経済のグローバル化も、同じだ。グーグルとか一部に成功例はあっても、全体ではアメリカ経済もリーマンショック以来大きな危機に入っている。それは、EUも同じだ。

 色々違いはあるが、どこの国も、それなりに行き詰まり、どうしたらいいのか問われている。それは全体的な、時間と空間の大きな流れの中で、人類が次の時代を如何に展望するかである。私は、それが見えれば、それなりに世界ば変わると思う。

 だが展望がないと、人類は貧困にしろ、環境破壊にしろ、難民問題にしろ、皆心を痛めているが、そこから抜け出せないのではないか。大原則だけで良い。細かいことは、それぞれ話し合えば良いので、大きな展望が求められているのだ。

 それは、何もテロだけでなく、戦争の問題も勿論ある。色々な国の貧困や環境の問題、全部含めてである。今グローバル社会が辿り着いた現状を如何に直視し、全体として新しい展望と理念を提起する時期が来ているのではないだろうか。

 こうして、行き詰まったのが現時点である。当事者の欧米首脳が手を挙げて、この打開策は出てこないだろう。国民からは、批判が出るかも知れないが。そして反省は、永久にないだろう。何故なら、そういう風土だから。文化も歴史も、欧米はキリスト教的な社会である。神があって、自分があり、自分以外の人間は、もう一つ下にある。

 そこで産業革命以来〜もう少し遡れば近世に入り、大航海時代以後のグローバルな展開を見ると、そこには西欧、欧米主導の世界が築かれてきたことが再確認できる。それは、今もグローバル化時代として継続している。

 そして、このテロにまで行き着いた歴史の基軸にあるのは、西欧先進国、欧米の覇権主義的な世界観だ。それは、自分たちが上から目線で、世界を統治すると言う。そして今は、アメリカが覇権国家となっている。覇権主義の世界支配、グローバルな多国籍企業の市場支配だ。 

 一神教の世界は、砂漠とか非常に厳しい社会で、まず自分が生きることが大事である。だから個人主義で、周りよりは自分を優位に置く。そして自然も、自分たちの支配、自分たちに役立つものとして。だから、神が自然を作るのだ。その世界観、価値観は、本質的なものだから、反省して生まれるものではない。

 この社会は、世界と時代が変わる中で、自分たちの生き方を問い直すしかない。アメリカでも、これまでの覇権国家を問い直し、どうや生きていくかを考える自立の動きが。かつてはモンロー主義があった。そういう時代を振り返るところに、私は差し掛かっていると思う。
 
 先進国と称する欧米諸国が、世界を統治しているのではない。そこにあるのは何かというと、私は競争原理だと思う。基本的に強い者が勝ち、弱い者は仕方ないとして、世界を委ねてきたのだ。タイの金融危機に、インドネシアで世界銀行が付した条件は、欧米先進国の国際的な支配でであった。今の国連も、同じである。

 極端に言えば、そういう国際的なシステムが、色々な形で支配している。そこでは覇権国家が、それを自分たちの世界として統治している。これを、勝ったものが統治するのではなく、棲み分けて話し合って、というシステムに変えれるかどうか、そこが鍵となる。

 この点では、ガットからWTOへ、それが行き詰まるとFTA・EPAになった。そしてFTAの新バージョンで、今のTPPがある。WTOの破綻が、FTAになりTPPになったのだから、もう一度原点に帰って、WTOの原則を作り直し、国際秩序をリセットできないか。

 国連も一緒に変えて欲しいし、世界銀行も国際通貨基金も。関税だけでなく、国際社会が、どういう風に棲み分けるのか。そしてテロの問題にも、新しい解決の道が。
 
 この地球の上で、これから人類は、どう生きていったらいいのか。その理念・大原則を、各国それぞれの国から、首脳でなくてもリーダーになる人たちが、呼びかける時にきているのではないか。ダボス会議は?

 ところで、こうした欧米主導の世界に抵抗した流れと言うと、まずガンジーだ。ネルーにしろ、スカルノにしろ、それから周恩来。ホーチミンもそうだし、アキノや金大中ももいる。加えて、人種差別を無くしたマンデラ大統領も。

 近くは、ホセ・ムヒカ前ウルグァイ大統領がいて、大統領だけど非常にユニークな暮らし方をしている(『世界』平成27年11月号)。また韓国の朴槿恵や台湾の蔡英文も。そういう世界、途上国と言われる第三世界だ。

 第二次大戦後に開かれたバンドン会議は、従来の植民地が皆独立し、新しい人類の未来を展望しようと開かれた。それぞれ国柄は違っても、そういう時代の流れがあったのである。

 今、人類に欠けているのは、周恩来など、バンドン会議が掲げた平和五原則(領土・主権の相互尊重、相互不可侵、相互内政不干渉、平等互恵、平和共存)のような、国際社会のあり方ではないだろうか。日本も高崎達之輔が、これにオブザーバーで出席している。私は、この平和五原則に代わる理念を、棲み分けの原理と考えている。 

 こうした人類史的な視点から、世界の人脈を見直し、バンドン会議の平和五原則に代わって、その21世紀版が提示できないだろうか。どんな原則かというと、競争原理ではない、もう一つの原理が要る。それは、経済も社会も政治も棲み分けだと、私は思う。

 皆が、その風土や歴史に応じて、それぞれ暮らしが、生活ができるような。当然住む場所には、国境なり圏域なりがあり、ボーダレスじゃなくて、ボーダーの再構築が課題となる。さらに世界銀行も、国際通貨基金も。

 ところで、アジア人は自然の恵みで生き、自然を崇拝し、自然を神とする。それは自然と人間の関係、生命に対する価値規範が、一神教世界とは全然違う。その世界観、価値観は本質的なもので、反省して生まれるものではない。

 冒頭に紹介した「国民と一緒に、デモをしたのではいけない」という在日中国人の意見は大局観に立ち、立派だ。やっぱり大国中国である。日本人には、そういう人は少ないだろう。このリーダー的な国民性は大切だ。その大国というのは、冊封体制や古代中華文明に繋がっている。

 中国が色々問題を抱え、日本人は「中国人はマナーが悪い」が常識だが、私は中国文明が人類史に果たした役割を重要と考える。日本人の価値規範、道徳規範や社会規範が壊れたのは敗戦後だが、中国人のマナーが悪くなったのは文化大革命からだと聞いた。



プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事