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1.家族の絆を切断
−制度の世帯から個人移行
与党は、高齢少子化が進むことから、新制度による医療財政の危機打開を訴えた。これに対し野党は、
新制度が年齢区分によって家庭を破壊し、戦後の復興に貢献した世代に酬いる道義を欠き、保険の本来的
な仕組みと背理する矛盾を追及した。
75歳以上の新医療制度は、「説明不足」に、新保険証未着・徴収書誤通知も加わり、敬老社会との矛盾
や、保険制度に年齢による差別を持ち込むことに強い批判が起きた。また保険料の徴収が、世帯から個人
に変更され、人権を守る筈の政府によって同意もなく、高齢者の乏しい年金から天引きされる憤りが広が
っている。
ここで新制度が、家族を核とする社会の崩壊に繋がる点を明らかにする必要がある。それは、介護制度
も同じである。若者の引き籠もりや、老夫婦・一人暮らしの世帯が増え、核家族化の下で家族の絆が弱ま
った。何を次の世代に継承するのかも明らかでなく、社会に対する使命感も乏しい。
だが近世の日本には、同時代の中国や朝鮮半島とは異なり、公・共・私が均衡した社会があった。それ
は私(イエ家族)を核に、これを共(ムラ集落共同体)が補完し、更に両者を公(クニ国家)が補完して
いたのである。ところが、明治維新の版籍奉還・廃藩置県で中央集権の国家がつくられ、戦後占領下の民
法改正で家制度が廃止されて、根無し草の個人主義や市民社会が形成される。 日本の直系単婚の家族
は崩壊し、これを支えた集落共同体は弱体化して、「官」が主導する平成の「三割自治」が形成された。
そして破綻した国家財政を修復するために、「官から民へ」「小さな政府」が言われてきた。だが日本社
会の閉塞状況を打開するには、新たな家族を核にし、補完する共同体で支えられる、真の地方分権が必要
ではないだろうか。
日本社会には独自の個人が存在し、五箇条のご誓文や自由民権・大正デモクラシーなど、固有の自由と
民主主義の流れがある。私は、個人・家族・共同体・国家が、自立と互恵の補完原理で繋がるネツトワー
クの再構築を、21世紀の国民的な課題と考えている。健康・医療制度の改革も、この社会の仕組みに関わ
っているのである。
2.高齢少子化と工業化社会の新しい貧困
新制度は、保険財政危機の理由に、増加する高齢者の生活習慣病と、負担する若年世代の減少を挙げて
いる。だが本来喜ばれて良い筈の長寿であるのに、高齢少子化を、先進国共通の「成熟化社会」や避けら
れぬ時代の流れと受け止め、社会福祉費用の増大と負担だけを問題にしてよいのだろうか。
団塊の世代は、戦後の高度成長を担ったが、バブル崩壊でリストラの対象にされた。また所得の上では
若年世代に比べ比較的恵まれていても、車や家電に囲まれる一方で、ウサギ小屋の高い住宅費や通勤地獄
と働き中毒など、仕事や暮らしに本当の豊かさがあるだろうか。その根底には、グローバル化と構造改革
が破壊した労働と生活の枠組みがある。
成果主義が導入され長時間労働のきびしい職場や、パートや派遣・外国人研修生など生活保護水準以下
の低賃金労働、共働きでなければ生活ができない家計、市場開放と家計消費の伸び悩みで衰退が続く農林
漁業・地場産業、結婚・出産・育児・教育環境の危機に立つ核家族社会が、日本の全土に広がっている。
それは、「豊かな」日本がつくりだした「新しい貧困」であり、その豊かさと貧しさを共に問い直す必要
がある。高齢少子化は、労働と生活を破壊され、社会が次の世代を再生産し得なくなった結果なのであ
る。
日本の人口は、縄文時代には30万人程度で、古墳時代と戦国時代に飛躍的に増加し、明治の開国時には
3000万人になっている。以後、海外移民もあったが、戦前には1億人に到達した。そこには、水田稲作の
発展−豊凶の歴史と人口の関わりがある。
次に農業と工業の関係−農業生産力と人口移動の進展が問われ、農工生産力の並進が課題となる。イギ
リスの工業化は、動力機械化の技術革新と賃労働の形成−農村労働力の工業への移動−都市における農産
物市場の拡大を軸としていた。減少した農業労働力で、増大する農産物の需要を賄うには、輸入の拡大
か、国内農業の生産性−生産力を高めるしかない。三圃式から輪栽式へ、農牧複合・輪作農法の進展−農
法変革は、農業革命といわれイギリス工業化の基礎であった。
ところが日本の工業化は、廃藩置県・版籍奉還の中央集権国家が主導した。農法変革で、多湿と褶曲山
脈を特徴とする日本の風土に適応できるのは、田畑輪換と林牧複合の灌漑や輪作と放牧である。明治農法
は、地租改正と河川法の水利体系により、田畑と林野の連関が切断され、田畑輪換や林牧複合に進展し得
ず、乾田馬耕の田畑二毛作となった。そして女工哀史の貧しい農村を基盤に、植民地の拡大を志向して敗
戦に至っている。
戦後もアメリカ従属の下で、中央集権を継承した政府が、貿易立国・列島改造型の工業化を推進した。
そして農法変革を欠いたまま農産物の輸入に依存し、動力機械化・化学化に終始して、兼業化・混住化と
共に耕作放棄・過疎化が進んだ。バブルが崩壊した後は、05年の国際収支で投資に伴う「所得収支」の黒
字が「貿易収支」の黒字を上回り、海外生産で国内産業が空洞化し、地方経済の衰退が続いている。
勝ち組と負け組が言われているが、勝ち組とされる多国籍企業の優位は、安定したものではない。巨大
銀行に対する国家資金の注入を始め、内外における大企業の破綻事例も少なくない。トヨタなどが巨大な
利益を計上しても、短期的で先行きの保証はないのである。
富国強兵の開国工業化は、農法変革が不十分ではあったが、それなりに農工を並進させ、戦前の人口は
1億人を超えていた。またアメリカの工業化は、大量の海外からの移民労働力と、その工業製品を購入で
きる賃金所得で支えられていた。工業化は、農工の並進と、人口の移動、所得の増大を枠組みとしてい
る。オランダ モデルは、高齢・少子化が時代の必然ではないことを教えており、何よりも健全な労働人
口と勤労所得を確保することが、国民経済の基軸なのである。
この視点に立つと、高齢・少子化は、単に時代の流れや経済の成熟化でないことが判る。また団塊の世
代の人口増加が、戦争による人口減少の反動であったことも明らかで、食料と人口の関係を超えて、人間
の生命−子孫維持作用が働いたと言ってよい。
かくして高齢・少子化は、次の世代を十分に残し得ない、企業収益優先の労働・生活環境に起因してい
る。それは、成果主義やパート・派遣・フリーター・ホームレスを放置し、外国人労働者で補完する、対
症療法的な少子化対策では打開できない。生活習慣病の増加も、国民の仕事と暮らしに深く根差してい
る。仕事と暮らし、社会を健全にすることが、高齢少子化を是正し、医療制度の改革にも道を開くのでは
ないだろうか。
(つづく)
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