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中央集権体制

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1.家族の絆を切断

−制度の世帯から個人移行

与党は、高齢少子化が進むことから、新制度による医療財政の危機打開を訴えた。これに対し野党は、

新制度が年齢区分によって家庭を破壊し、戦後の復興に貢献した世代に酬いる道義を欠き、保険の本来的

な仕組みと背理する矛盾を追及した。

75歳以上の新医療制度は、「説明不足」に、新保険証未着・徴収書誤通知も加わり、敬老社会との矛盾

や、保険制度に年齢による差別を持ち込むことに強い批判が起きた。また保険料の徴収が、世帯から個人

に変更され、人権を守る筈の政府によって同意もなく、高齢者の乏しい年金から天引きされる憤りが広が

っている。


ここで新制度が、家族を核とする社会の崩壊に繋がる点を明らかにする必要がある。それは、介護制度
も同じである。若者の引き籠もりや、老夫婦・一人暮らしの世帯が増え、核家族化の下で家族の絆が弱ま

った。何を次の世代に継承するのかも明らかでなく、社会に対する使命感も乏しい。

だが近世の日本には、同時代の中国や朝鮮半島とは異なり、公・共・私が均衡した社会があった。それ

は私(イエ家族)を核に、これを共(ムラ集落共同体)が補完し、更に両者を公(クニ国家)が補完して

いたのである。ところが、明治維新の版籍奉還・廃藩置県で中央集権の国家がつくられ、戦後占領下の民

法改正で家制度が廃止されて、根無し草の個人主義や市民社会が形成される。 日本の直系単婚の家族

は崩壊し、これを支えた集落共同体は弱体化して、「官」が主導する平成の「三割自治」が形成された。

そして破綻した国家財政を修復するために、「官から民へ」「小さな政府」が言われてきた。だが日本社

会の閉塞状況を打開するには、新たな家族を核にし、補完する共同体で支えられる、真の地方分権が必要

ではないだろうか。

日本社会には独自の個人が存在し、五箇条のご誓文や自由民権・大正デモクラシーなど、固有の自由と

民主主義の流れがある。私は、個人・家族・共同体・国家が、自立と互恵の補完原理で繋がるネツトワー

クの再構築を、21世紀の国民的な課題と考えている。健康・医療制度の改革も、この社会の仕組みに関わ

っているのである。

2.高齢少子化と工業化社会の新しい貧困

新制度は、保険財政危機の理由に、増加する高齢者の生活習慣病と、負担する若年世代の減少を挙げて

いる。だが本来喜ばれて良い筈の長寿であるのに、高齢少子化を、先進国共通の「成熟化社会」や避けら

れぬ時代の流れと受け止め、社会福祉費用の増大と負担だけを問題にしてよいのだろうか。

団塊の世代は、戦後の高度成長を担ったが、バブル崩壊でリストラの対象にされた。また所得の上では

若年世代に比べ比較的恵まれていても、車や家電に囲まれる一方で、ウサギ小屋の高い住宅費や通勤地獄

と働き中毒など、仕事や暮らしに本当の豊かさがあるだろうか。その根底には、グローバル化と構造改革

が破壊した労働と生活の枠組みがある。

成果主義が導入され長時間労働のきびしい職場や、パートや派遣・外国人研修生など生活保護水準以下

の低賃金労働、共働きでなければ生活ができない家計、市場開放と家計消費の伸び悩みで衰退が続く農林

漁業・地場産業、結婚・出産・育児・教育環境の危機に立つ核家族社会が、日本の全土に広がっている。

それは、「豊かな」日本がつくりだした「新しい貧困」であり、その豊かさと貧しさを共に問い直す必要

がある。高齢少子化は、労働と生活を破壊され、社会が次の世代を再生産し得なくなった結果なのであ

る。

 日本の人口は、縄文時代には30万人程度で、古墳時代と戦国時代に飛躍的に増加し、明治の開国時には

3000万人になっている。以後、海外移民もあったが、戦前には1億人に到達した。そこには、水田稲作の

発展−豊凶の歴史と人口の関わりがある。

 次に農業と工業の関係−農業生産力と人口移動の進展が問われ、農工生産力の並進が課題となる。イギ

リスの工業化は、動力機械化の技術革新と賃労働の形成−農村労働力の工業への移動−都市における農産

物市場の拡大を軸としていた。減少した農業労働力で、増大する農産物の需要を賄うには、輸入の拡大

か、国内農業の生産性−生産力を高めるしかない。三圃式から輪栽式へ、農牧複合・輪作農法の進展−農

法変革は、農業革命といわれイギリス工業化の基礎であった。

 ところが日本の工業化は、廃藩置県・版籍奉還の中央集権国家が主導した。農法変革で、多湿と褶曲山

脈を特徴とする日本の風土に適応できるのは、田畑輪換と林牧複合の灌漑や輪作と放牧である。明治農法

は、地租改正と河川法の水利体系により、田畑と林野の連関が切断され、田畑輪換や林牧複合に進展し得

ず、乾田馬耕の田畑二毛作となった。そして女工哀史の貧しい農村を基盤に、植民地の拡大を志向して敗

戦に至っている。

戦後もアメリカ従属の下で、中央集権を継承した政府が、貿易立国・列島改造型の工業化を推進した。

そして農法変革を欠いたまま農産物の輸入に依存し、動力機械化・化学化に終始して、兼業化・混住化と

共に耕作放棄・過疎化が進んだ。バブルが崩壊した後は、05年の国際収支で投資に伴う「所得収支」の黒

字が「貿易収支」の黒字を上回り、海外生産で国内産業が空洞化し、地方経済の衰退が続いている。

勝ち組と負け組が言われているが、勝ち組とされる多国籍企業の優位は、安定したものではない。巨大

銀行に対する国家資金の注入を始め、内外における大企業の破綻事例も少なくない。トヨタなどが巨大な

利益を計上しても、短期的で先行きの保証はないのである。

富国強兵の開国工業化は、農法変革が不十分ではあったが、それなりに農工を並進させ、戦前の人口は

1億人を超えていた。またアメリカの工業化は、大量の海外からの移民労働力と、その工業製品を購入で

きる賃金所得で支えられていた。工業化は、農工の並進と、人口の移動、所得の増大を枠組みとしてい

る。オランダ モデルは、高齢・少子化が時代の必然ではないことを教えており、何よりも健全な労働人

口と勤労所得を確保することが、国民経済の基軸なのである。

 この視点に立つと、高齢・少子化は、単に時代の流れや経済の成熟化でないことが判る。また団塊の世

代の人口増加が、戦争による人口減少の反動であったことも明らかで、食料と人口の関係を超えて、人間

の生命−子孫維持作用が働いたと言ってよい。

かくして高齢・少子化は、次の世代を十分に残し得ない、企業収益優先の労働・生活環境に起因してい

る。それは、成果主義やパート・派遣・フリーター・ホームレスを放置し、外国人労働者で補完する、対

症療法的な少子化対策では打開できない。生活習慣病の増加も、国民の仕事と暮らしに深く根差してい

る。仕事と暮らし、社会を健全にすることが、高齢少子化を是正し、医療制度の改革にも道を開くのでは

ないだろうか。

(つづく)

(つづき)

3.仕事と暮らしから、健康と医療を再構築

与党は、保険財政の危機打開を訴え、新制度の医療給付が「高齢者に配慮した治療の仕組みを導入し、

在宅医療の充実・介護サービスとの連携を目指す」と説明し、患者の同意や選択によって運営されると述

べた。野党は、別保険化に反対し、外来主治医(かかりつけ医)制度の担当医を一つに絞る点、新制度の

同意や選択が「悪魔の選択」と言われる罰則を含むこと、療養病床3区分による医療費削減、在宅医療・

介護サービスとの連携不備、人間ドックの廃止・メタボ検診など、医療現場の批判を挙げ制度の廃止を主

張した。

いま産婦人科・小児科・地方の医師不足、医療訴訟の増大、救急患者の受け入れ拒否、夜間救急外来の

実態、検査・薬漬け医療、肝炎訴訟が明らかにした厚労省行政、診療報酬・保険料を含む保険財政の破

綻、国民皆保険と混合診療など、国民の健康と医療の全体的な仕組みが問われている。それは、別保険を

つくる組織改革や、保険料の引き上げと医療給付の削減で解決できる問題ではない。別保険化自体は、財

政の改善に寄与せず、逆に新たな組織費用を必要とする。そして保険料の引き上げと医療給付の削減は、

医療の崩壊を促進するだけである。

長野県泰阜(やすおか)村村長松島貞治は、老人医療費増大の大きな要因が終末期医療にあり、そのあ

り様よって医療費が大きく左右されることから、20年ほど前に集団検診を取りやめ、在宅福祉施策の充実

で過疎山村の高齢化危機を脱したと言う。松島は、この経験からメタボ検診で医療費抑制は期待できない

と判断し、今回の特定検診の実施見送りを考えているが、村の新制度負担が目標値達成状況により増減す

ることに苦慮している。

そして保健指導でメタボを減らせば、生活習慣病も減り、医療費が減少すると言う特定検診の考えに

は、人間はだれでも老い、死を迎えることが欠落しており、この検診費用を在宅支援に回し、単に延命で

なく、幸せな最後を迎えられる終末期態勢をつくることを求めている(朝日新聞「私の視点」08.5.8)。

生活習慣病と並んで、医療費が増加する原因には、検査・薬漬けの延長と言える高度医療の進展があ

る。だが利便と効率優先、科学万能を、人間活動の全分野に広げてよいのだろうか。産業革命は、人間の

手を動力機械に、情報革命は人間の頭脳をコンピュータに替えた。ハイテクなど工業的な技術進歩は、人

類に巨大な文明をもたらしたが、他方で公害や環境・放射能汚染・遺伝子組み換え作物など、自然や人間

生活との調和が問われている。

ここで農牧文化の時代には、潅漑や輪作と放牧など、風土に適応し自然力―生態系を活用した農法が行

われていたことに注目したい。現代に即した自然と人間の関わりを再構築するには、自然力と人間の能力

が活かし繋がれ、工業的な技術を補完的に位置づける必要がある。その基軸は、規模と集積の利益の統合

である。人間の健康は、仕事と暮らしが、自然と人間を活かし繋ぐ中で支えられる。

野口晴哉は、「表面に表れている体力だけが体力のすべてではなく、潜在している体力も体力であるこ

とを自覚し、自発的に行為すれば、こういう力を活発に呼び起こすことができる」と考え、「文明生活を

見直そう」と提起している(『整体入門』ちくま文庫)。その解説に、伊藤桂一は「私は今年85歳になる

が、野口先生は、老人と呼ばれてよい年齢は90台になってからで、それまでは老人ではない、歳を数えて

老い込むな、といわれる。整体は、生命を励ます健康の哲学だからである。」、「人間は自分の力で自分

の症状を癒すので、整体操法者は、その潜在する自己治癒力を手伝うのである。」と書いている。


4.健康と医療危機の真の争点

新医療制度は、保険財政破綻の辻褄合わせを図るもので、政府・与党からも見直しが言われている。こ

れに対し野党は、新制度の仕組み自体に欠陥があり、廃止して再検討するべきだと主張した。その背景に

ある対抗軸は、社会保障についての小さな政府と大きな政府である。私は新制度の廃止に賛同するが、保

険財源の確保だけで、現実の健康・医療危機は打開できない。国民皆保険の名の下に、医療を政府が管理

する中央集権の仕組み自体が問われているのである。

これは、小さな政府と大きな政府の選択では打開できない。その展望を切り開くのは、補完原理で個人

と家族、企業と流域単位の共同体、地方政府と連邦を結ぶ真の地方分権社会である。国民の健康と医療を

再構築するには、仕事や暮らしの現場から、これに関わる人々の活力を活かし繋ぐ以外に道はない。

杉田敦は、政治主導の官僚批判と一般の医師・教師批判を、「専門職批判」と捉え、専門職の意欲を削

がず独善的にならない、民主的なコントロール・バランスのとれた批判の必要を述べた(07.11.29.朝日

新聞、論壇時評)。だが同時に、政治主導で官僚批判を軸とし、規制緩和・民営化を進めた構造改革の背

後に市場・外資の主導があり、民営化が私有化ではないかの疑念や、世襲政治家の民主的正当性の論考に

触れている。

また夜間救急外来・医療訴訟の増大や、教師の筋違いな要求をする親の存在の背景に、官僚批判と同じ

く政治家・政府の市場主義的な発想と国家主義的な議論を見ている。ところが、こうした批判が、厳しい

競争に晒されている一般の目には、役所・病院・学校などが既得権の牙城と映り、「当事者意識」を欠い

て「行き過ぎ」を生む。公共的で専門的な仕事の担当者が経験を積み知識を深めることは、すべての人々

の利益になりうるのだから、批判に歯止めが必要というのである。

しかし日本社会は、こうした現実認識で捉えてよいのだろうか。まず政治主導と、国民の官僚批判は同

じではない。政治主導の官僚批判は、グローバル化を進めた構造改革の手段であり、国民の官僚批判は、

年金や給油・肝炎訴訟など国家権力の腐敗や精度疲労に向けられたものである。また何よりも政治主導の

官僚批判に対しては、タテ割り行政や天下りなどに止まらず、国政を担う政治責任と、国家体制自体が問

われなければならない。

日本は、明治農法が地租改正・入会林野の国有化・河川法などで、田畑二毛作の枠を超え得ず、農・

牧・林の繋がりとイエ・ムラ・クニ−公・共・私の均衡が失われ、女工哀史や海外移民など「おしん」の

生きた貧しい農村が形成された。また官営企業の払い下げなど国家主導の工業化は、富国強兵で敗戦を招

く結果となった。だが東京裁判や天皇の戦争責任は論議されても、総力戦を担った体制の政治責任は問わ

れぬまま戦後に継承されている。

 高度成長も、農家の兼業化や農村から都市への人口集中と、農産物の輸入依存を軸とし、占領下の農地

改革・民法改正・地方自治の内実は、寄生地主制崩壊の追認やイエとムラ(家族と共同体)の破壊と中央

志向の三割自治であった。その貿易立国・経済大国志向は、農・林・漁業、地場産業を衰退させただけで

はない。

重厚長大産業は、輸出に傾斜してスクラップ化を増幅し、海外生産へのシフトによって産業の空洞化が

進んだ。一部に「勝ち組」と言われる企業が生き残っても、それが持続しうる何の保障もない。森林も田

畑も川も海も荒廃し、一極集中で地方が衰退した日本列島は、地方分権の掛け声とは裏腹に対症療法的な

自治体の合併が空しく進行している。このような日本の軌跡を主導してきた与党が、野党に「政権担当能

力」を問うことができるのだろうか。

次に夜間救急外来・医療訴訟の増大や、教師の筋違いな要求をする親の存在は、医師や教師に対する政

治家・政府の市場主義的な発想と国家主義的な対応では打開できない。検査・薬漬けや保険財政の破綻し

た医療と、イジメ・不登校・学級崩壊・学力低下・塾通い・受験競争・高校未履修など教育の危機は、肝

炎訴訟が内実を明らかにした厚労省と、教科書検定を始め教育指導要領の文科省の中央集権行政に根源的

な責任がある。また医療訴訟の増大や、教師の筋違いな要求をする親の存在は、家族や規範を崩壊させた

日本社会の枠組みに起因し、これに対する為政者の政治責任が問われなければならない。

杉田敦が、政治主導の官僚・医師・教師批判を「専門職批判」と捉え、専門職に対する一定の批判を必

要とするのは、この根底にある真の原因や責任を隠蔽し、「木を見て森を見ない」ことになるのではない

だろうか。

 
1.イエ・ムラ・クニの再生

 玉城哲が提起したイエ(家族)・ムラ(集落共同体)・クニ(国家)は、すでに社会学の分野で多くの

論考がある。ここでは、今西錦司『進化とは何か』が捉えた自然と人間の関わり一生物進化の視点から、

人類学の延長上に人間の社会を位置づけたい。今西は、文化も社会も、自然と人間との関わりの中で捉え

ている。そこでは、農法や家族と共同体が、風土に即した多様な展開を遂げるのは当然である。だが日本

の近代化は、学問研究の分野でも、脱亜人欧で見落としてきた。

 日本の農業は、潅漑農業として見れば、田畑輪換や林牧複合への道が開かれる。また家業と家産を継承

する、直系単婚のイエ家族やムラ集落共同体は、日本の水田農業と切り離すことができない。認定農業

者・法人化・集落営農・農協改革が、農業構造改革の焦点となっているが、こうした視点を忘れてはいな

いだろうか。それは、グローバル化の下で、日本社会における事件や事故の多発にも繋がっている。

2.歴史認識と日本の独自性

 いま日本が問われている歴史認識は、太平洋戦争の評価が主な論点である。その一方で、富国強兵の工

業化で先進国の仲間入りを果たし、戦後は貿易立国で経済大国化した日本の成功神話が語られている。和

辻哲郎は、敗戦直後に『鎖国』を書いた。その意図は、大航海時代からの西欧文明の展開と、鎖国に始ま

る日本の近世を対応させ、日本の敗戦を考えることであった。

 また鎖国と明治維新の開国は、太閤検地と地祖改正を、もう一つの柱としていた。太閤検地は、米本位

制とも言うべき「石高制」の一方で、「日本の大開墾時代」の高い農業生産力が、近世の市場経済ネット

ワークを展開させる。中世の市場経済的な貢納制度である「貢高制」と「名主」的土地制度は、太閤検地

で全てを米に換算する、「重農主義」的な「石高制」と小農民的土地所有に移行した。そして市場経済と

貢納制度の矛盾が、貢納に依拠する武士階級の貧窮や、農家経営の分解を招いている。

 さらに、イギリス農業の第一次囲い込みと貴族的大土地所有は、日本の太閤検地と名主的経営の小農民

経営移行に対置されねばならない。それは、農牧複合の畑地輪作農業と、水利や林野の共同利用で支えら

れた水田潅漑農業という、農法の違いに対応している。またイギリスの第二次囲い込みは、三圃式から輪

栽式への農法変革と結合していた。だが日本の地祖改正は、林野との結合を切断し、明治農法を乾田馬耕

の水田二毛作に止め田畑輪換に進展させなかった。このため、近世末期から明治初期の豪農経営(手作り

地主)が寄生地主化した。

 加えて近世の封建社会では、それなりに公・共・私が均衡していたが、廃藩置県の中央集権化によって

地方の自立性が弱まり、国家が農業を主導・管理して到達したのが総力戦体制であった。だから、「参入

の自由」によって「総力戦体制の下でつくられた国家単位の市場制度が崩される過程」を、「耕作者主

義」―国家による土地管理体制の存続を図ることで、グローバル化の下での土地市場問題は打開できな

い。家族農業と農民的土地所有を再構築するためには、均分から単一相続への家族法制度の改正、収益地

価と資産地価の乖離を是正する政策価格の枠組みが必要なのである。


3.グローバル化は、歴史の「進歩」だろうか

 宮村 光重「食の安全と食糧の自給率」(『甲斐ヶ嶺』68号)は、「グローバリゼーションということ

は、確かに人々の進歩を示している側面を持つ」と言い、他方でグローバル スタンダードの押しつけを

批判し、それぞれの風土を生かした文化や、食糧と農業についての自主的な権利を強調している。

 歴史の「進歩」には、西欧進歩史観と文化文明の伝播の混同がないだろうか。大航海時代は、西欧の植

民地支配の開始であった。産業革命は、この植民地を原料供給と工業製品の市場とし、戦後は植民地が独

立を回復してアジアなど一部途上国に工業化が拡大したが、累積債務など南北問題を深刻化させる。そし

てIT革命とグローバル化は、温暖化などの地球環境問題、多国籍企業への富の集中と貧困の世界化、テロ

と核戦争の不安を人類にもたらした。それぞれの風土を生かした文化や、食糧・農業だけの自主的な権利

は、次に挙げるグローバル化の枠組を、超克しなければならない。

(1)温暖化とサブプライム問題の解決に、自然と人間の営み−文化を工業文 明に優先

(2)文化が利便と効率に優先し、価格と利潤を統合する市場経済

(3)実物経済(使用価値)と貨幣経済(交換価値)の統合

(4)規模の利益と集積の利益の統合

(5)内需優先と産業構造−商品の体系(物産複合)と価格の体系を、最低賃 金制と生活保護基

軸の政策価格が下支え

(6)国民経済4部門(企業・家計・政府・海外)と 商品・生産要素(土地・ 労働・資本)市場

を、フローとストックで統合

(7)真の地方分権−イエ・ムラ・クニの均衡回復

(8)自然と人間を「活かし・繋ぐ」流域圏単位の地域再生と、域境課税

4.自らの戦後を振り返る

 宮村 光重「父・暦造と「戦艦」加賀に因んで」(「築地、品川、垂水、それから(続篇)『海軍経理

学校第36期生徒の軌跡』)を読んで、同時代に生きた海兵76期の自分を振り返った。昭和19年の夏、著者

は学徒動員され、24時間2・3交代で高射砲をつくっていた。そこでの労働体験から、友人に「これでは日

本が負けるのではないか」と言って叱られた記憶がある。また当時は、「国体」という言葉が日常化して

いた。それに疑問を抱き、平泉 澄の本も読んだ。そして軍隊の不条理な生活体験もあって、私は敗戦の

日にも泣くことがなかった。

 復員して松山に帰り、空爆の焼け跡に立って、戦争の悲惨さが身に沁みたが、敗戦で戦争協力から自由

や民主主義に一変する世相にも馴染めなかった。大学の卒論で青森のリンゴ農家を調査し、そこで零細経

営の農家から「借り子」という出稼ぎの話などを聞き、農業の研究をライフ ワークにしたいと考える。

紆余曲折はあったが、世の中の不条理を追求することと、農家を始め汗して働く人々への想いが、今も私

に筆を執らせている。 

国際競争力志向のグローバル化に対応して、構造改革は、産業・雇用・所得・消費から地域に及ぶ格差

を形成した。産業構造は、自動車・家電など輸出と海外生産に傾斜し、労働市場の規制緩和は、雇用にパ

ートや派遣を導入し、ワーキング プアーと呼ばれる低賃金・低所得層を形成している。産業構造と労働

市場は、地域が土台で、グローバル化ー構造改革は地域格差の形成に繋がるのである。そしてバラ撒き型

公共投資が、地域経済への波及効果に限界のあることも知られるようになった。

日本の経済政策は、プラザ合意を契機として、ヨーロッパ型のケインズ政策とアメリカ型の市場原理主

義の間で混迷し、小泉構造改革で「小さな政府」志向を強めた。だが、それがもたらした地域格差の拡大

は、輸出志向企業の海外生産・逆輸入と、それができない企業ー国内産業の縮小再編という構造調整だけ

が原因ではない。その地域格差には、日本独自の構造がある。すなわち欧米と日本の国民経済と地域経済

の枠組みの違い−戦前の富国強兵や戦後の貿易立国による工業化と、それを担った中央集権体制−国家の

役割が問われなければならない。

明治以来地方は、3割自治と言う言葉が示すように、税制や補助金、地方債の発行管理など、中央政府

主導の体制に組み込まれてきた。それは地域格差と共に、所得格差を始め教育・社会保障など、いま日本

が抱える課題の土台なのである。「列島改造」型の国土−地域開発の行き着いた先が、産業の空洞化、一

極集中と夕張に象徴される地方の衰退、国家・地方財政の破綻であった。

構造改革は、これを民営化・規制緩和で、公共事業の見直し、市町村合併、道州制移行、三位一体の財

政改革など−「地方分権」を謳って、国家主導の体制を再編しようとしている。だが、それは明治維新以

来の中央集権をそのままに、破綻の「シワ」(皺)を「官から民へ」、「中央から地方へ」「シワ」寄せ

するものでしかない。地域経済の自立と再生を軸としてこそ、地方の未来が開かれる。本当の意味での地

域再生・地方分権の実現には、まづ政府主導のゾーニングや「列島改造型」バラマキ公共投資に替わり、

農法変革など自然と人間が調和する、文化生態系型のイノベーションーが基軸とならねばならない。

農林漁業では、田畑輪換や林牧の複合、魚釣り林で山と川と海が繋がる漁場の回復を、輪作と放牧、択

伐・混淆林植林、給餌養殖の制限などが担うようになる。地場産業でも、自然エネルギーの活用など、自

然と人間の調和が求められよう。

次に谷々を核とする流域圏とその連合を圏域とし、そこでは域産品が優先され、域外からの移入品が補

完する市場圏が形成される。法制上の制約もあるが、当面地方自治体の課税自主権を活用し、次のような

自主財源を持つことはできないだろうか。その一つは、地産地消を政策・制度として支える、域産品と競

合する域外品の移入に対し、価格差相当額の圏境課税を行うことである。その二つは、協同組合など域内

金融機関の余裕資金を、域内経済に還流・循環させ、域内経済の再生プロジェクトに、低利な融資を行う

金融制度の創設である。これには、住民が参加する開かれた取り組みと、利子補給や債権保全についての

自治体の関与が必要となる。

さらに中央集権を真の地方分権に変革するには、家族(イエ)、地域共同体(ムラ)、地方行政(ク

ニ)が自立し、公・共・私の均衡回復が必要である。公・共・私の均衡回復とは、幕藩体制下の社会に学

び、家族が自立し、これを集落を核とした地域共同体が補完し、さらに自立した地方政府が再補完する社

会の構築である。そして中央集権の政府は、連邦制に移行して、外交と安全保障を分担する。

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