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根津神社から、谷中の端っこをぶらぶら歩いていくと、寛永寺に到着します。 かつては、上野の台地に広大な伽藍を有した寛永寺ですが、江戸末期の上野戦争でその大半は焼失、その後寺地は恩賜公園などになったりして、かつての面影を見る事はなかなか難しいようです。 この根本中堂は、明治12年(1879)に川越の喜多院の本地堂を移築してきたもので、本来の寛永寺の建物ではないようです。けど、なかなか古くていい建物です(この建物自体は寛永15年建築だとか)。 圧巻なのは、中堂前にある寄進された石灯籠。このとてつもない大きさが、かつての威容を忍ばせてくれます。 中堂に掲げられている額です。「瑠璃殿」と書かれているようです。霊元天皇の宸筆だとか。
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由緒あるお寺でも建て替えられてしまうところが多いので、このようなお堂は貴重ですね。
2009/1/25(日) 午後 10:44
Mariさん、おはようございます。
そうですね。古い建物をいつまでも保持していくのは大変ですから。東京の中でもかなり貴重なお寺だと思います。
2009/1/26(月) 午前 6:44 [ 旅庵 ]