旅庵日記

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 ずいぶんご無沙汰してしまいました。ようやくPCも復帰しました。

 さて、撮りだめしていたお城の紹介を。

 今回訪城したのは、佐敷(さじき)城という、熊本県芦北(あしきた)町にあるお城です。
 ここは薩摩街道と人吉街道の交差点に築かれた要衝で、戦国期は相良氏と島津氏の勢力争いの場となりました。
 当初は在地領主の佐敷氏により、現在の東側の山に築かれましたが、その後相良氏が領有、そして島津氏に取って代わりました。
 豊臣政権後は加藤清正の領地となり、その時に現在の石垣の城が造られたようです。

 この城が有名になったのは、文禄の役の頃。朝鮮出兵で不在の間を狙って、島津氏家臣の梅北国兼が佐敷城を占拠しました(梅北一揆)が、結局は討ち取られてしまいました。

 その後も城の拡張は続けられたものの、一国一城令により石垣は破壊され廃城となったという事です。

 平成10年に城跡が公園として整備され、平成20年には国史跡に指定されました。
(wiki参照)



 要衝の地という理由により、一山城が得意な発展を遂げていったという事でしょうか。
 wikiを見ると、この城の復元が町長選挙の材料になったんですね。ある意味、現在においても重要視されているんですね。

 では、早速行ってみましょう。

 まず、場所はこちらになります。

詳しい地図で見る


 続いて、城の縄張りを見てみましょう。


イメージ 1
※鶴嶋俊彦 2000「中世佐敷城を探る(前編)」『南九州城郭談話会報』第14号より



 城への入口は現在の所2カ所あります(水色に塗った部分)。東側の大手道は下の公民館(?)から歩いて登ります。西側の搦め手は城の近くまで車で行く事ができます。体力と時間のある方は大手道をどうぞ。私は時間と体力がなかったので、車でさっさと搦め手へ。



イメージ 2

 搦め手の駐車場から。中央の一番高い所が城跡です。いい感じの要塞です。



イメージ 3

 入口にある城跡の見取り図です。では、早速行ってみましょう。



イメージ 4

 搦め手口の入口です。非常に豪勢な看板がお出迎え。この道を登っていきます。



イメージ 5

 搦め手道を登っていきます。非常におもしろいのは、右脇に誘導灯が設置されている事。こんな丁寧な山城は初めてです(誘導灯が付く時間に誰か登るのかなあ、という疑問はありますが)。



イメージ 6

 道を登り切ると、登場するのが搦め手門の石垣です。

 ここで、一気にボルテージが上がります。完全に我を忘れてしまっています。

 こんなに気分が盛り上がったのはずいぶん久しぶりです。


 続きは、また後ほど。

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