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久保田城は、秋田駅から徒歩数分という、非常に訪れやすい場所にあります。
場所はこちらになります。 詳しい地図で見る この城は、常陸国を治めていた佐竹氏が、関ヶ原の戦の後、減封の上出羽国への国替えにより入部した所から始まります。 旧勢力の抵抗などの観点から、新居城の築城を幕府から許可を得、神明山に慶長8年から行われました。 天守こそ建築されなかったものの、城内には多数の櫓などが建ち並んでいたようです。しかし、城内の建物は、一部を除いて明治13年の火災により焼失したようです。 城の縄張り図は、こちらになります。上の地図と比較すると、どういう残り方をしているかがわかると思います。 (渡辺義雄・村井益男監修 1988『写真紀行 日本の城 1東山道』)から引用 それでは、早速行ってみましょう。 こちらは、現在の搦め手口にあたります。この通り車道になっていますので、縄張り図にあるような枡形は消滅しています。 こちらは、搦め手口と大手口の間にある大手門の堀です。蓮がいっぱい咲いています。噴水の向こう側が大手門跡になります。そちらも、搦め手よりも広い車道になっていますので、当然枡形はなくなっています。 それでは、搦め手から城内に入りましょう。 城内の地図です。石垣城でない事や、あちこちに遊歩道があるせいか、イマイチ縄張りがよくわかりません。 搦め手から入った所にあった侍屋敷は、学校などの施設に変わっています。 こちらが、搦め手から二の丸に上がる時に通る松下門跡です。こちらも車が通るので広くなっていますが、まだ往時の曲がり具合が残っています。 二の丸跡に到着しました。けっこうだだっ広い公園になっています。周囲を見ると、割と高めの土塁が廻っています。 それでは、本丸に登るとしましょう。 ↑よろしければ、クリックお願いします。 |
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