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さて、今回は中世都城の中心となった「都之城(みやこのじょう)跡」です。
場所はこちらになります。 詳しい地図で見る 城主の北郷氏については、先日の兼喜神社で触れていますので省略しますが、永和元年(1375)、2代目の北郷義久が築いたのが最初と言われています。 城の特徴としては、当初は大淀川(城の右側にある川)に面する半月状の台地を、堀を穿つ事により分割して曲輪を作っていったようで、以後、勢力拡大にあわせてどんどん西の台地続きに向けて拡張され、最盛期は11の曲輪で総面積25haという、とんでもない大きさになってしまいました。分類としては、南九州によく見られる「大きな曲輪がゴロゴロある」「どこが中心の曲輪かわかりにくい」などの特徴がある群郭式城郭(他に九州館屋敷型などとも言うそうです)です。 この城で興味深いのは、天和2年(1682)以前に作成された絵図面が残っているという事で、現地形と照合していくと、今ではわからなくなった城の細かい部分がわかるようです。 それでは、行ってみましょう! まず最初に、この城の縄張り図はこのようになっています。 これをもう少し見やすくしたのが、現地にありました。 水堀というか、自然の池を掘りに取り込んだ部分もあったようですね。 わかりにくいですが、現在、公園として入れるのは、本丸と西城のみのようです。 まずこちらから。以前も紹介しましたが、現在の大手門です。平成6年に作られました。巨木をふんだんに使用した豪華な造りです。 けっこう良い造りなのですが、あくまで現在の城山公園の大手門という事で。 先ほど触れた絵図面を見ると、この辺りには家臣団の屋敷となっていたようです。 大手門の裏側です。新造ながら、けっこう良い造りしてます。 では、中に入ってみましょう。 続きはまた次回。 ↑よろしければクリックお願いします。 |
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