旅庵日記

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横手城跡 その3

 さて、それでは本丸を目指しましょう。


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 もう一度絵図面を見ていただくとおわかりのように、先ほど天守のあった所は、二の丸の跡です。
絵図面では、入口に門があるのみで、さしたる建物もありません。

実際の本拠地は本丸で、絵図面には御殿風の建物が描かれています。

では、行ってみましょう。


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まずここは、本丸の入口に到る前の、帯曲輪です。絵図面では、写真の車止め辺りに門が描かれています。




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本丸への入口です。絵図面と一緒ですね。



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 先ほどの入口を本丸側から見ました。まあまあ急な斜面です。




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 本丸です。二の丸とは打って変わった、静かな空間です。ここに江戸時代は御殿がひしめいていたとはとても思えません。

中央に見えるのは、秋田神社


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秋田神社は、明治12年(1879)建立。戊辰戦争による落城の際に亡くなった22名の藩士の霊を慰めるため、焼け残った城の部材で建立されたらしいです。

神社というには、何か寂しい感じですね。


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社殿には、佐竹家の紋である扇があります。


それでは、大手道を下ってみましょうか。


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 先ほどの、本丸への入口から大手道を見下ろします。か〜な〜り急な坂です。この時搦め手から来て良かったとつくづく思います。

私の立っている辺りに大手門があったみたいですね。

それでは、降りてみましょう。

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 先ほどの大手門跡を見上げます。かなり見上げてます。


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大手道です。薄暗いですが、城跡にピッタリの風情。

横手城は、かつて斜面などによじ登り防止のため韮を植えていたらしく、「韮城」とも呼ばれていたそうです。食用のためでもあるのでしょうか?


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 やっとこさ大手道に到着です。本来はここから登るのが筋です。体力のある方は、ですが。



以上、ざっくりとした横手城跡めぐりでした〜。



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閉じる コメント(4)

私も、お城は結構好きで、松本城とか彦根城、安土城跡とか行きました。お城の縄張りって城主の性格が出ますよね。
海外の城って、城壁で防ぎますが、日本の城の様に、敵を誘い込む構造は珍しいそうですね。戦後アメリカが日本の城の構造に驚いて、ベトナム戦争などの野戦陣地に応用したとか聞きます。又聞きなので真偽の程は定かではありませんけど。

2010/10/25(月) 午前 1:28 子育てヒロシ

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おはようございます。

海外の城も基本は同じような作りらしいですけど、こういう地形を利用して無数のバリエーションを持つのは珍しいかも知れませんね。

ホント、よくこういう縄張りを考えられるなあとお城を巡っててしょっちゅう思います。

2010/10/25(月) 午前 6:21 [ 旅庵 ]

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そうそう、この大手道、ひそかな見どころですね!

今でも、イラク戦争の時の自衛隊駐屯地が、たしか食い違い虎口にして、土塁をめぐらす構造だったはずです。

2010/10/25(月) 午後 8:21 竹

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竹さん、こんばんは。

この大手道、けっこういい道ですよね。このところ寄る年波と体力の無さから、楽な城ばかり巡っていましたが、こういうのは久しぶりでした。本当は登るのがいいんですけど。

自衛隊駐屯地の話は初耳です。すごいですね。400年も前の知識が未だに最前線で使用できるなんて。それだけ日本の城郭は完成度が高いという事でしょうか。

2010/10/25(月) 午後 9:33 [ 旅庵 ]


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