大手一の門を城内から見ました。当たり前ですが、表に較べてのっぺりとした印象を受けます。
こちらは、大手口の南東にある南仕切門・太鼓櫓跡です。
二の丸の西と南の区域は石垣によって仕切られ、通路に当たるこの箇所に建っていたのが南仕切門です。
また、門の西側石垣上には、太鼓櫓と呼ばれる二層櫓があり、ともに徳川大阪城再築工事の最終段階にあたる寛永5年(1628)に創建されたと考えられます。
太鼓櫓は城内の櫓のうち最も小規模で、中に太鼓が納められていました。ここには太鼓坊主と呼ばれる僧形の役人が交代で詰め、彼らは香を焚いて時刻をはかり、城内勤務の大名や旗本以下の招集や交替、あるいは緊急時に太鼓を打ち鳴らしたそうです。
いずれの建物も、大阪城ではおなじみになった維新大火により焼失しました。
(西ヶ谷泰弘編著 1995『城郭古写真資料集成 西国編』理工学社)から引用
幕末の状況です。こじんまりしてますね。
南から見てみました。
一通りまわったので、また大手口から外に出ましょう。
城の南西部から大手口を眺めてみました。
大阪城で個人的には一番のダイナミックな光景。この南外堀です。見事なまでの連続横矢です。
これを人の手で造ったんですから、すごいもんです。
石垣上に建っているのは六番櫓。かつてはこの二の丸南側には一番から七番までの二層櫓が建っていました。現存するのは、以前見た一番櫓とこの六番櫓のみです。
以上、えらく長くかかりましたが、大阪城はとりあえずこれで終了です。
次に行く時は古写真との比較っていうのをやってみたいですね。
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