|
次は、近世洲本の中心地に行きましょう。
場所はこちらになります。 詳しい地図で見る 最初に説明したように、蜂須賀藩の支配下に入った頃には、山城部分は使用されず、寛永8年(1631)から12年(1635)にかけて山麓に平城を築き、城下町が整備されました。 現在は文化史料館になっており、この向かいには、洲本城代の稲田氏の屋敷がありました。昔は、ここに野球場なんかもあったと父から聞かされました。 石垣も時期が新しい割には、横目が揃わないんですね。 山城に較べると、石の質も積み方もやはりきれいすぎます。 櫓台がありますが、櫓は建ってなかったようです。 中から眺めます。目の前には、洲本城代の稲田氏の屋敷がありました。現在はお寺になっています。 居館から山城を眺めます。今は天守が見えるけど、江戸時代は上に建物はなかったようなので、ただの城山だけだったんでしょうね。 以上で洲本城はお終いです。 淡路島巡りはまだまだ続きます。 ↑よろしければクリックお願いします。 |
全体表示
[ リスト ]








