旅庵日記

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 さて、それでは天守跡に向かうとしましょう。



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 先ほどの多聞櫓跡から見た玄界灘です。ちょっと天気良すぎてわかりませんが。手前にある土塁は、遊撃丸という曲輪の跡です。




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 本丸は現在も発掘調査中。




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天守の方面から、先ほどの多聞櫓跡を眺めます。今は多聞櫓部分の石垣が出っ張ってますが、初期の石垣は天守から南西櫓跡まで真っ直ぐだったんですね。




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 こちらが天守跡。穴蔵を持つ五層七階、高さ約60mというとんでもない大きさだったようです。穴蔵の床は、玉石が丁寧に敷き詰められていた。かなり破壊されているものの、なぜか江戸時代前期の瓦が大量に堆積しており、廃城により徹底的に破壊したにも関わらず、その後何かの施設を置いた可能性があるとの事。

天守台の周辺には、拳大の玉石が丁寧に敷き詰められていたようです。その玉石の上層に天守閣で使用されていたと思われる金箔瓦が、そのまた上に石砂などが堆積している事から、天守閣と天守台の破壊に時間差があると推定されています。



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 屏風絵ではこんな感じだったようです。






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 天守跡から玄界灘を眺めます。



続きはまた後ほど。


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