旅庵日記

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さて次は、大宰府政庁のすぐ横にあります観世音寺です。

この観世音寺は、天智天皇9年(670)頃の創建。百済救援のため後の天智天皇である中大兄皇子と共に九州入りし、筑前国朝倉橘広庭宮で急逝した斉明天皇の追善供養のために発願したのが始まりとか。

ただ、その後の造営には時間がかかり、結局は天平18年(746)に完成しました。観世音寺は大宰府管内の寺院を管轄する立場にあったため、境内には戒壇院が設置されるなど、非常に重要な地位を占めました。

しかしその後、11世紀半ばの大火災の後次第に衰え、平安末期には東大寺の末寺になったようです。

その後は再び勢力を盛り返したそうですが、豊臣秀吉の弾圧により再び衰退、現在の威容は福岡藩主黒田家の援助によるものだそうです。

いわば、九州内で伝承ではなく確実な歴史を持つ一番古い寺院ではないでしょうか。


場所はこちらになります。


詳しい地図で見る

それでは、参りましょう。



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駐車場は境内に無料駐車場があります。
そのすぐ横を通るのが、クスノキの並木がある参道です。






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そのすぐ先にあるのが南大門跡の礎石。非常に大きな門が建っていたようですが、2度倒壊し、15世紀にはすでになくなっていたようです。






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参道を進むと左手に見えてくるのが天智院。昭和15年(1940)、紀元2600年を記念して太宰府天満宮に作られ、後にこの地に移転した茶室です。

この茶室の天井や床柱には、大宰府防衛のため築造され、江戸時代に掘り起こされた水城(みずき)の木樋が使われているそうです。

参道を進むと伽藍が見えてきます。



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かつては様々な建物が残っていたようですが、現在残っているのは、左手の金堂と、右手の講堂のみです。





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金堂は、寛永8年(1631)の再建で、重要文化財。元は阿弥陀堂と称していたようです。
同7年に倒壊した講堂の仏像を安置するため福岡藩主の黒田治之が建てた仮堂が前身との事です。


続きはまた後ほど。


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