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○訪問日 平成25年4月20日
続きましては、同じ盛岡市内にある志波(しわ)城跡です。 こちらは、坂上田村麻呂により造られた古代の城跡。築かれたのは延暦22年(803)に築かれた志和城に比定され、陸奥国最北の城柵と言われています。 しかし、立地場所が水害に遭いやすい地だったようで、弘仁2年(811)、城の南側、今の矢巾町にある徳丹城が完成すると、行政機能はそちらに移転しました。 昭和51年から始まった東北自動車道に伴う発掘調査で発見され、遺構や地名などから志和城に比定されたとの事。その後、古代の技法を用いた門などが復元されました。 場所はこちらになります。 詳しい地図で見る それでは、参りましょう。 まず駐車場に車を停めると、すぐ目に付くのが、 この外壁と南門。これだけでテンション上がります。 南門です。絵巻物で見るような2階建ての門です。 門の前は、二重の堀で守られています。 築地塀沿いには、簡素化した櫓も見られます。 門を城内から眺めます。意外に頑丈な造りのようです。 築地塀は、本来は城の外郭を廻っていた陽ですが、復元では一部にとどめ、その他は植物で表現しています。櫓がちゃんとあるのが良いですね。 門から城内を眺めます。道幅が恐ろしく広い&内城まで遠い。 続きはまた後ほど。 https://history.blogmura.com/his_shiseki/index.html (にほんブログ村〜歴史ブログ〜史跡・神社仏閣) ↑よろしければクリックお願いします。 |
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ホント、復元された築地塀は見事ですよね♪秋田城跡にも同様の築地塀が復元されていますが、同時代なのに、払田柵のように木柵塀のところもあるんですよね、不思議だなって思っています(^^;)
私も東北の古代城柵跡を巡って歩きましたが、いつもその広大さに驚かされています♪
2013/12/1(日) 午前 6:42
ここの立派さには驚きました。ここ以上に復元している所はないのでは、と思います。
秋田城と払田柵、結局行ってないんですよ。払田柵も確か櫓門がありましたよね。
この柵の多さは東北ならでは、です。
2013/12/1(日) 午前 7:48 [ 旅庵 ]
復元がみごとですね。見ごたえありそうです。
道の広さや城のシンプルさが、古代城(城柵)の特徴をよく示しているんでしょうか。城の全体像を把握できそうなところがいいですね。
ナイス、村ポチです。
2013/12/1(日) 午前 9:28 [ ナツメの10ちゃん ]
今までみた復元遺跡の中で、けっこう群を抜いていると思うのですが。
色々な好条件や先人の方達の努力によりこれだけ大規模なものが大切に守られてきたんですね。
東北の凄さを感じました。
村ポチありがとうございます。
2013/12/1(日) 午後 10:22 [ 旅庵 ]