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○訪問日 平成25年4月28日
さて、田沢湖を後にして、一路盛岡市へ。 雫石を超えると、 岩手山が見えてきました。4月末ですが、まだ雪で真っ白です。 目指すは、盛岡市の阿倍舘跡。 前九年の戦役で滅亡した阿倍一族最後の拠点、厨川柵跡と考えられてきましたが、発掘調査等の結果、古代のそう言った遺構は確認されず、現在残っている遺構は、源頼朝の奥州攻めで功績を挙げ、当地に赴任した工藤氏(後に厨川氏)の、中世期に築かれたものと推定されています。 北上川を背にして、並列に曲輪を配置しており、盛岡城が出来るまで、この辺りの主要な城郭だったようです。 場所はこちらになります。 詳しい地図で見る では、参りましょう。 奥州街道を走っていると、 突然、道路端にこのような空堀が登場。すごい! さらに、ちゃんと矩形になっています。 内部は、住宅や保育園になっているので、少々入りづらいです。 本丸跡は、小さな公園、そして厨川八幡宮。 八幡宮の横は、道路端に較べて堀が深くなっています。 本丸跡から北上川を眺めます。けっこうな高低差です。 https://history.blogmura.com/his_shiseki/index.html (にほんブログ村〜歴史ブログ〜史跡・神社仏閣) ↑よろしければクリックお願いします。 |
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