旅庵日記

しばらくは更新のみで訪問&コメできません。すいません。

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○訪問日 平成25年4月28日

さて、角館を後にして、これまた10年前の新婚旅行で訪れた土地、田沢湖に向かいました。

田沢湖は日本でもっとも深い湖。

私的にはカルデラ湖のように思えるのですが。


場所はこちらです。角館から少し足を延ばせば着きます。


詳しい地図で見る





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やっぱりでかいです。
10年前来た時は、寒い&ド平日だったので人もまばらでしたが、休日だと訪れる人も多いようです。

東側のレストハウスを起点に時計回りにまわってみます。






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車を走らせて、


しばらくして見えてくるのが、




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この辰子像。
辰子ってこの辺りの伝説の主人公なんですね。てっきり高村光太郎か何かが作った物語に出てくる人かと(それは智恵子抄)。不勉強でした。


そのまま車を走らせると、





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鳥居がありました。



振り返ると、




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御座石(ござのいし)神社でした。

慶安3年(1650)、秋田藩主の佐竹義隆が田沢湖を遊覧した際に腰掛けた事に由来するとの事。





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結構大きな木もあります。

辰子像近くにある売店の田沢湖ビールはオススメです。



それでは、このまま岩手に戻ります。




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続いて参りましょう。




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こちらは、前回の二家よりすこし駅側にある、岩橋家住宅。
元は芦名氏の家臣で、その後佐竹氏に仕えた家。




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どのお宅も良い感じです。
大変かもしれないけれど、こういうお家に住みたい。




続いては。




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松本家。佐竹北家の重臣今宮家の家来の家です。

今は、何かお店みたいな感じになっています。
他のお家に較べるとこぢんまりしてます。

他にも見所のあるお家が多いのですが、角館はここまで。



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○訪問日 平成25年4月28日

東北に来ておもしろかったのは、その気になればいくらでも桜見物が出来る事。
半月近く桜の見学に明け暮れたでしょうか。

今回は、やっぱり東北の桜の名所に東北に行かないと!という事で、借家を4時半に出て(沿岸部から内陸まで2時間かかるから、常に内陸の移動時間+2時間しないといけない)、一路、角館へ。

角館は、佐竹北家の城下町。

ちょうど10年前、新婚旅行で行きましたが、そう言えば今の時期でした。雪も少し積もってたし、めちゃくちゃ寒かったのを覚えています。


今回は桜の時期という事もあり、人も多いだろうという事で早出です。



桜を見に行ったんですよ。桜を。

まだ地理不案内だったので、高速で北上から秋田方面へ。


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錦秋湖SA及び周辺にて。

西和賀辺りは銀世界でした。桜を見に行っただけなのに。

東北の冬の長さを知りました。

場所はこちらになります。


詳しい地図で見る


午前9時半頃に到着、運良く武家屋敷群隣の駐車場に停められましたが、

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すでにお客さんでいっぱい(ここはそうでもなかったが、この奥はものすごい状態)。さすが、桜の季節。みんな何時に来てるんだろう?





まずは、

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駐車場に一番近い石黒家から。
内部は5月の節句でした。
5月が近いのに、目一杯ストーブが焚かれています。




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良い造りしてます(地面にある雪の量に驚きました)。


続いて青柳家へ。



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青柳家は10年前来たのと、内部はえらい人だかりだったので、パスしました。





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この日の桜はこんな感じ。盛岡城跡よりは少し咲こうとしてました。


続きはまた後ほど。



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では、続きです。

先ほどの広い道を進むと(春なのに風を遮るものがないので超寒いし、人っ子一人いないし)、



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内郭の門である政庁南門にたどり着きます。



そこで目を右に転ずると、

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このような復元建物が出てきます。南東官衙と呼ばれる、掘立柱建物の中心的な存在だったようです。



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内部は、CGで当時の様子を復元したもの等を見せる資料館になっているようですが、何せ人っ子一人いないもんで(春なのに雪雨みたいなのが降ってくるし)。

てなわけでさっさと内郭に入ります。




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内郭から外郭の門を眺めます。




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内郭の門を入ると、なぜか壁の通せんぼ。
これは、神社などに見られる蕃塀というやつでしょうか。




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内郭の築地塀沿いになぜか、浅い堀のようなものがあります。雨落ち溝にしては築地塀から遠すぎるし。




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内郭を眺めます。
こういう時、普通の城郭と違い、特に構築物がないと、単にだだっ広い空間にしか見えません。

志波城跡は以上です。

訪問したのは春なのですが(南九州では完全に初夏の陽気の季節なのですが)、景色を見るとつい先日のように見えます。



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○訪問日 平成25年4月20日

続きましては、同じ盛岡市内にある志波(しわ)城跡です。

こちらは、坂上田村麻呂により造られた古代の城跡。築かれたのは延暦22年(803)に築かれた志和城に比定され、陸奥国最北の城柵と言われています。
しかし、立地場所が水害に遭いやすい地だったようで、弘仁2年(811)、城の南側、今の矢巾町にある徳丹城が完成すると、行政機能はそちらに移転しました。

昭和51年から始まった東北自動車道に伴う発掘調査で発見され、遺構や地名などから志和城に比定されたとの事。その後、古代の技法を用いた門などが復元されました。


場所はこちらになります。


詳しい地図で見る


それでは、参りましょう。




まず駐車場に車を停めると、すぐ目に付くのが、


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この外壁と南門。これだけでテンション上がります。



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南門です。絵巻物で見るような2階建ての門です。



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門の前は、二重の堀で守られています。





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築地塀沿いには、簡素化した櫓も見られます。




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門を城内から眺めます。意外に頑丈な造りのようです。





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築地塀は、本来は城の外郭を廻っていた陽ですが、復元では一部にとどめ、その他は植物で表現しています。櫓がちゃんとあるのが良いですね。





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門から城内を眺めます。道幅が恐ろしく広い&内城まで遠い。


続きはまた後ほど。


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