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2011年10月15日
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さて今回は、伊賀市(いつの間に合併したのか、以前は上野市だったような)にある上野城です。
もともとは、この辺りに旧伊賀守護仁木氏の城館跡があったようですが、天正13年(1585)、新たに伊賀領主となった筒井定次が城郭を築いたのが今の城の原形です。 本丸には三層の天守があり、二の丸・三の丸などの施設があったようです。ちなみに、この筒井氏の天守は、絵図面によると、寛永10年頃までは建っていたようですが、慶安初年頃の絵図には「天守跡」と記されている事から、その間に倒壊したと思われます。 次に入城したのは、かの有名な藤堂高虎。慶長16年(1611)から築城を始めたものの、翌年には竣工直前の五層の大天守が暴風により倒壊、以後建てられる事はなかったようです。 しかし、地理上の重要性から廃城とはならず、城には城代が置かれるようになったようです。 それでは、行ってみましょう。 場所はこちらになります。 詳しい地図で見る それと、縄張りはこんな感じです(赤は城郭の名称、緑は現在の建物です)。 ((財)伊賀文化産業協会 2009『伊賀上野城』から引用)
う〜ん、何か藤堂高虎が作ったっていう割には、パッとしないっていうか、よくわからない縄張りなんですよね。 縄張り図に書いている「駐車場」からスタートです。 駐車場から本丸を目指します。左手の斜面が、「御城」と呼ばれる城代屋敷の曲輪です。 さて、先ほどの道を左に折れて、空堀を一部埋め立てた土橋を渡ると、この石垣群に当たります。 ここは、「御城」とも呼ばれる城代屋敷の曲輪です。元々は筒井時代、本丸が置かれていた場所で、藤堂高虎が入城した後も、寛文2年(1662)までは、筒井氏時代の御殿建築物をそのまま転用していたようです。 ちなみに、こんな感じだったようです。 さっき見たきれいな石垣は、城代屋敷の西方にある裏門です。 現在の本丸から城代屋敷を眺めます。良い感じに復元してくれています。建物もできないかな? 城代屋敷から天守を眺めます。 次は天守に向かいましょう。 続きはまた後ほど。 ↑よろしければクリックお願いします。 |
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