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さて、松尾大社の次は、1つ先にある法輪寺です。
以前から気にはなっていたのですが、参詣したのは初めてです。 元々松尾大社と同じく秦氏により信仰されていたそうですが、今に至る起源となったのは、奈良時代に行基により建てられた「木上山葛井寺」だそうです。 その後平安時代半ばに「法輪寺」と改められ、空也上人をはじめとする様々な僧侶が入り、堂塔が整備されたそうですが、応仁の乱で焼失、江戸時代初期に加賀前田家の帰依により復興したものの、幕末の蛤御門の変で再び焼失したそうです。 現在の堂塔は、明治中期から大正初期にかけて復興されたものだそうです。 場所はこちらになります。 詳しい地図で見る まずは正門。 何の因果か、参詣したのはちょうど十三参りの日。 したがって、人と車がごった返してました。明らかに場違いな私。 長い参道を登ると、 本堂です。 多宝塔です。古いと思ってたら、案外新しいんですね。でも、良い風合いです。 ここはひときわ高いので、周りの景色もよく見えます。 天龍寺方面を眺めます。 雙ヶ岡方面を眺めます。 ↑よろしければクリックお願いします。 |
古社寺巡礼
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元々は、この辺りの住民が背後の松尾山にある磐座に大山咋神を祀ったのが始まり。
それを5〜6世紀のの渡来系豪族である秦氏が氏神として祀り、この辺りを開拓して酒造などの産業を興しました。 大宝元年(701)、 秦忌寸都理(はたのいみきとり)が勅命を奉じて、山麓の現在地に神殿を営み、山上の磐座の神霊をこの社殿に移し、その娘の 知満留女(ちまるめ)を斎女として奉仕させたのが、この神社の始まりのようです。 ちなみにこの子孫は、明治初年まで当社の幹部神職を勤めたそうです。 延喜式などで定められた神社の階級では常に第四位という非常に高い位を持つ神社だったようです。 場所はこちらになります。 詳しい地図で見る 阪急嵐山線桂駅を降りると、すぐに見えるのがこの鳥居。額には「松尾大神」とあります。 見事な楼門。江戸時代初期の作だそうです。 有名な神輿庫。日本全国の醸造元から奉納された酒樽がズラッと並びます。 本殿です。現在の本殿は、応永4年(1397)造営・天文11年(1542)大修理という、非常に古い建物です。特殊な建築様式から、「松尾造り」と呼ばれているそうです。 続きはまた後ほど。 ↑よろしければクリックお願いします。 |








