旅庵日記

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古社寺巡礼

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先週、京都・大和の寺社巡りをしましたが、ちょうと色々な花が満開でした。

まず、嵐山の宝輪寺。参詣した日は十三参りでごった返しておりました。




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この時期の京都は、まだ梅が残っているんですね。南九州とは、やや季節が異なります。


続いて天龍寺へ。


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多宝殿の前。私が持っていた寺社のガイド本(小学館、週刊古寺をゆく32)では枝垂れ桜となっていますが、私的には梅に見えます。いかがでしょうか。

天龍寺の庭園で驚いたのは、色々な植物がある事。20年前にも来ているのですが、全然気付きませんでした。




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こちらは沈丁花。




続いて向かったのは、大和の薬師寺。

玄奘三蔵院の入口。



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梅が満開でした。




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そのうちの1つ。白梅の中に、一輪だけ異なる色の梅がありました。


続いて、薬師寺の境内。





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「讃良(さらら)椿」という椿の花が咲いていました。


今頃は、桜がちょうど咲きほこり始めてるんでしょうね。




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さて、今回は、京都の右京区を中心に回りました。

仁和寺は、光孝天皇の発願により建立に着手、宇多天皇により仁和4年(888)に金堂が竣工しました。
その後宇多天皇は出家し仁和寺の初代住持となりました。
以後、代々法親王を門跡に迎え栄えたものの、応仁の乱により伽藍の大半が焼失・荒廃しました。

江戸時代、徳川家光の援助により再生しました。よって、仁和寺に残る伽藍の大半は、この時に再建されたものです。


場所はこちらになります。

詳しい地図で見る



それでは、参りましょう。

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京福電鉄の仁和寺駅を降りると、真っ先に見えるのがこの山門。
寛永14年(1637)〜正保3年(1646)にかけて再建されたもの。
南禅寺・知恩院と並び「京の三大門」と称せられています。

そして、山門の表側には仁王像が、

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裏には狛犬が配置されています。
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山門から中門をのぞみます。この中門も寛永年間に再建されたもの。





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中門から山門、そして双ヶ岡を眺めます。




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中門には、四天王が祀られています。






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中門から伽藍を眺めます。


仁和寺で有名なのが、この御室桜。



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でも、参詣した時には、まだ全然咲いてませんでした。



続きはまた後ほど。



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さて、社殿を離れて、他を見ましょう。


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社殿の裏に、土蔵らしき建物があります。玄界地震のためか、壁が崩落したままです。




社殿の傍らにあるのが、この亀石。

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その昔、神功皇后が三韓出兵の際に、阿曇磯良丸らに対岸の亀ヶ池辺りで凱旋祈願の神楽を奏された時、黄金の雌雄の亀に乗った志賀明神と勝馬明神が現れ、航路を守る道しるべとなる干珠満珠を与えたという伝承に由来します。

その後、池に放たれた雌雄の亀は石となり、今の金印公園辺りに出現し、寛文10年(1671)、社前に納められました。
それが、この亀石です。




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社殿から境内を眺めます。


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社地から、玄界灘を眺めます。




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さて、参道を進むと、


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いよいよ神社が見えてきました。




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楼門です。立派ですね。いつ作られたのかは不明ですが、古そうな感じです。



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楼門の前には、石造の太鼓橋があります。通行不可です。




イメージ 4楼門から参道を眺めます。


楼門をくぐると、

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配置は結構複雑。社殿は、なぜか楼門に対し正面ではなく、右斜めに配置されています。



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海の神社らしく、お清めは塩ではなく海砂です。


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こちらの社殿も立派な造りですが、いつ造られたのでしょうか。




続きはまた後ほど。


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さてお次は、志賀海神社です。

志賀海神社は、志賀島の東にあります。

伊弉諾尊の禊祓によって産まれた、底津綿津見神(そこつわたつみのかみ)仲津綿津見神(なかつわたつみのかみ)表津綿津見神(うはつわたつみのかみ)綿津見三神を祀り、全国の綿津見神社、海神社の総本宮と称されています。

貞観元年(859)には従五位上を賜り、延喜式神名帳には名神大社と記載されるなど、古くから存在するようです。

中世には、大内義隆をはじめ、豊臣秀吉や小早川隆景・秀秋、黒田長政等の寄進を受けていたようです。

福岡県の中では、宗像大社に次ぐ、古い歴史を持つ神社のようですね。


それでは、参りましょう。


詳しい地図で見る


志賀海神社に行くには、九州本土と志賀島をつなぐ海の中道を通ります。


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海の中道から見た志賀島です。


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海の中道から福岡市街地を眺めます。


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神社に着きました。
鳥居の前に置いているのは、海の神社らしい清めの砂。




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長い階段を登ると、



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参道の傍らに石造の宝篋印塔があります。
貞和3年(1347)作で、福岡県の指定文化財。




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あと、万葉の歌碑もあります。ご当地ソングですね。

  ちはやぶる 鐘(かね)の岬を 過ぎぬとも
         われは忘れじ 志賀の皇神(すめがみ)

志賀島から船出し、航海の難所である鐘崎を過ぎたとしても、航海の無事を祈願した志賀の神を忘れません、という、奈良の都へ向かう官人が詠んだものだそうです。


続きはまた後ほど。


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