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本堂の向かいには、
山門があります。 テンションが上がります。 元文元年(1736)築。 仁王像も結構古い感じ。 しばらくは文章短め(普段も短いですが)で写真重視で。 続きはまた後ほど。 https://history.blogmura.com/his_shiseki/index.html (にほんブログ村〜歴史ブログ〜史跡・神社仏閣) ↑よろしければクリックお願いします。 |
古社寺巡礼
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続いて参りましょう。
華蔵院の横にあるのは、 同じく慈恩寺を構成する三ヶ院の一つ、宝蔵院です。 宝蔵院の表門は、室町時代後期に建てられたようで、慈恩寺の中で最も古い建物との事です。 こちらは阿弥陀堂。元禄8年(1694)築。 こちらは薬師堂。元禄5年(1691)築。 ちょうど薬師十二神将を見学できました。 こちらが本堂。 元和4年(1618)、最上氏により建てられました。 この圧倒的なド迫力! この茅葺きの厚さ! 本当に久しぶりに見惚れてしまった・・・。 また、中では平安〜鎌倉時代の仏像をじっくりと堪能できました。 まさに、京都・奈良を遜色ない仏教文化です。 続きはまた後ほど。 https://history.blogmura.com/his_shiseki/index.html (にほんブログ村〜歴史ブログ〜史跡・神社仏閣) ↑よろしければクリックお願いします。 |
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○訪問日 平成25年6月22日
さて、山形旅行の最初の目的がこちらでした。 寒河江市(さくらんぼの佐藤錦で有名な)にある慈恩寺です。 場所はこちらになります。 詳しい地図で見る 慈恩寺は、天平18年(746)に印度僧が精舎を開基したのが始まりとか。 慈恩寺は、ただ古いだけでなく、平安時代後期になると、この辺りは寒河江荘という摂関家の荘園だったようで、当然摂関家と縁ができ、京の仏教文化が大量に流入しました。今ある30体近くの仏像が京で作られて慈恩寺に持ち込まれたものと判明しています。 こういう歴史を持ったお寺でしたので、勢力も大きく、江戸時代初めには、幕府から御朱印高として2800石近く拝領していたとか。まさに、東北地方でも最高のお寺かも知れません。 ただ、檀家を持たない寺でしたので、明治時代には相当困窮し、多くの宿坊が衰退したとの事。 それでも、現在は三ヶ院と17坊を有する、相当なお寺です。 早速お参りしましょう。 山形県でも有数の名所とあって、駐車場もきれいに整備されています。 駐車場を降りると、 いきなり、由緒ある建物がお目見えです。 こちらは慈恩寺を構成する三ヶ院の一つ、華蔵院。 まず、この本堂の大きさに圧倒されます。 公開はされていないよう(何か今は住宅っぽいし)。 それにしても、これだけでお腹いっぱいな感じです。 この華蔵院には、もう一つ門があります。 古い御札が大量に貼られています。 よくわからないのが、この寅さんの腰掛け石。 「座ったとされる・・・」て、何とも漠然な話。 ほのぼの系です。 続きはまた後ほど。 この時点で、本体の慈恩寺に全くたどり着けません。 https://history.blogmura.com/his_shiseki/index.html (にほんブログ村〜歴史ブログ〜史跡・神社仏閣) ↑よろしければクリックお願いします。 |
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○訪問日 平成25年6月23日
さて、お次は、山形市内の名刹に向かいます。 この萬松寺は、今から1300年前、藤原鎌足の曾孫にあたる藤原豊充が、朝廷の命によりこの地に赴任した時、娘の阿古耶姫が作った庵が始まりと言われています。 その後、行基や円仁が整備し、最後は岩手の正法寺三世の清厳良浄が曹洞宗として寺院を整備したとの事です。 場所はこちらになります。山形県庁のすぐ傍です。 詳しい地図で見る では、参りましょう。 やっぱり、東北の寺院は良い雰囲気の所ばかりです。 けっこうな街中にあります。 参道を進んでいくと、 これが見たかったんです。 伝承によると、山形城の基礎を作った斯波兼頼が延文年間(1356〜1361)に建てたとされる山形城の二の丸南門との事。 (霞城公園パンフより引用)
最上義光が山形城を改築した際に、萬松寺に山門として寄進したとの事。 つまり、相当古い門ですね。 だいぶ改築されているとは思うのですが。 てか、バランスが悪くて倒壊しそう・・・。 当初は、この門が目的でしたが、 どっこい、佛殿もなかなかのもの。 佛殿は、宝暦年間(1751〜1764)の建築。 佛殿としては、東北で唯一の建物のようです。 早朝に参詣した甲斐がありました。 やっぱり、東北の寺院は見応えがあります。 https://history.blogmura.com/his_shiseki/index.html (にほんブログ村〜歴史ブログ〜史跡・神社仏閣) ↑よろしければクリックお願いします。 |
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○訪問日 平成25年5月12日
さて、福泉寺を離れて、次は近くの常堅寺へ。 常堅寺のある土淵集落は、『遠野物語』ではおなじみの場所です。 延徳2年(1490)、多聞秀守禅師により創建された曹洞宗の寺院です。 このお寺は、カッパ伝説で有名な所です。 場所はこちらになります。 ※自家用車の場合は、伝承園に駐車すると良いようです。 詳しい地図で見る では、参りましょう。 伝承園に車を停め、歩く事約5分。 いきなり、立派な山門が見えます。 この山門、早池峰神社(花巻市)内にあった明泉寺というお寺から、明治初期に移転したもの。 見事な彫刻です。 そして、左右の仁王像も立派です。 顔は少々ユーモラスですが、寄せ木造りでしょうか。結構古い感じです。 山門を抜けてすぐ左側を見ると、 狛犬です。ここだけのオリジナル。 「かっぱ狛犬」です。 本堂の前を左にそれると、 橋があります。 さて、ここからが河童のテリトリーです。 ここの河童は、何でもお寺が火災になりそうになった時、頭から水を出して消し止めた事から、大事にされているそうです。 こちらが河童淵。残念ながら、河童には会えず終いでした。 20年以上前、『探偵!ナイトスクープ』に登場した河童じいさんは、確かこの辺りのベンチに座っていたのでは? もう亡くなられたんですね。 春はもうすぐ・・・。 https://history.blogmura.com/his_shiseki/index.html (にほんブログ村〜歴史ブログ〜史跡・神社仏閣) ↑よろしければクリックお願いします。 |






