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では、次に向かいましょう。
三門から法堂を眺めます。 創建当時の建物は応仁の乱で焼失、慶長11年(1606)、豊臣秀頼の寄進により再建されたものの、明治26年(1893)の火災で焼失したとの事です。 現在の建物は、明治42年(1909)に再建されたものです。 法堂から少し脇にそれて、 これですよ、これ。水路閣。 琵琶湖疎水事業により、明治21年(1888)に完成した水路橋。 う〜ん、たぶん子供の頃遠足に来てるんですよね。 どこだったか思い出せないものの、森の中の水路橋だけは強烈に記憶に残ってるんですよね。 たぶんここじゃないかと。今思えば贅沢な遠足だ。 琵琶湖疎水なんだから洛中方面に流れてるかと思いきや、ここのは反対に向かって流れてます。 もう少し続きます。 https://history.blogmura.com/his_shiseki/index.html ↑よろしければ文字をクリックお願いします。 |
古社寺巡礼
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言わずと知れた京都の名刹です。
金地院に続き、秋の京都を見てきました。 場所はこちらになります。 詳しい地図で見る では、参りましょう。 勅使門裏から三門を眺めます。紅葉の時期とあって人多すぎ。 三門です。日本三大門の一つとか。 現在の三門は、寛永5年(1628)、藤堂高虎の寄進によるもの。 そして、この三門、凄いのが有料で登れるんですね。 早速登ってみます。 三門から西側、洛中方面を眺めます。この写真よりもかなり良い景色です。 歌舞伎で石川五右衛門が「絶景かな」という気持ちもわかります。 三門の南側、天授庵を眺めます。良い感じの庭園がありますね。 三門から大方丈を眺めます。 二階部分はこのように少し傾斜がついてるんですね。 横から見ると、何かいびつな形。写真の左部分、柱だけで二階を支えてるんですね。 三門脇には、紅葉がいっぱい。 続きはまた後ほど。 ↑よろしければクリックお願いします。 |
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平成24年の秋の京都を見て来ました。
今回は、紅葉で有名な南禅寺界隈です。 まず最初は、南禅寺の手前にある金地院です。 南禅寺は人でごった返していましたが、金地院は知る人が少ないのか、ひっそりとしており、ゆったりと紅葉を楽しむ事が出来ました。 金地院(こんちいん)は、南禅寺の塔頭の一つ。 創建は四代将軍足利義持で、管理は歴代南禅寺住持が行っていたよう。 当初は鷹峯にありましたが、その後荒廃。慶長10年(1605)、南禅寺270世の以心崇伝が現在地に移して再興しました。 現在の環境となったのは、以心崇伝が行った1625〜30年間の大工事によるものです。 当時は広大な敷地だったそうですが、現在はかなり狭くなってしまったとの事。 場所はこちらになります。 詳しい地図で見る 地下鉄蹴上駅から南禅寺への道。 金地院の正門。 明智光秀の母が大徳寺に寄進したという「明智門」。 幕末に現在地の地に移築されたようです。 大方丈前の庭園。 小堀遠州による作庭が確証されている唯一のものと言われています。 蓬莱式枯山水庭園で、「鶴亀の庭」とも呼ばれています。1629〜1632年頃に完成したようです。 三代将軍徳川家光が来られる事を想定して、庭や伏見城の御殿の一部を移築して方丈などが作られたようですが、崇伝が完成の翌年に亡くなったため、結局訪れる事はなかったようです。 続きはまた後ほど。 ↑よろしければクリックお願いします。 |
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私はもっぱら「いくたまさん」と覚えておりました。
表参道 社殿 江戸時代の社殿は空襲により焼失。現在のものは昭和31年再建。 喧噪の中、自然に囲まれた多くの末社 北門 台地の上に立地しているのがよくわかります。 場所はこちらです。 詳しい地図で見る ↑よろしければクリックお願いします。 |








