旅庵日記

しばらくは更新のみで訪問&コメできません。すいません。

名城巡り

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では、続きです。

先ほどの広い道を進むと(春なのに風を遮るものがないので超寒いし、人っ子一人いないし)、



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内郭の門である政庁南門にたどり着きます。



そこで目を右に転ずると、

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このような復元建物が出てきます。南東官衙と呼ばれる、掘立柱建物の中心的な存在だったようです。



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内部は、CGで当時の様子を復元したもの等を見せる資料館になっているようですが、何せ人っ子一人いないもんで(春なのに雪雨みたいなのが降ってくるし)。

てなわけでさっさと内郭に入ります。




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内郭から外郭の門を眺めます。




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内郭の門を入ると、なぜか壁の通せんぼ。
これは、神社などに見られる蕃塀というやつでしょうか。




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内郭の築地塀沿いになぜか、浅い堀のようなものがあります。雨落ち溝にしては築地塀から遠すぎるし。




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内郭を眺めます。
こういう時、普通の城郭と違い、特に構築物がないと、単にだだっ広い空間にしか見えません。

志波城跡は以上です。

訪問したのは春なのですが(南九州では完全に初夏の陽気の季節なのですが)、景色を見るとつい先日のように見えます。



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○訪問日 平成25年4月20日

続きましては、同じ盛岡市内にある志波(しわ)城跡です。

こちらは、坂上田村麻呂により造られた古代の城跡。築かれたのは延暦22年(803)に築かれた志和城に比定され、陸奥国最北の城柵と言われています。
しかし、立地場所が水害に遭いやすい地だったようで、弘仁2年(811)、城の南側、今の矢巾町にある徳丹城が完成すると、行政機能はそちらに移転しました。

昭和51年から始まった東北自動車道に伴う発掘調査で発見され、遺構や地名などから志和城に比定されたとの事。その後、古代の技法を用いた門などが復元されました。


場所はこちらになります。


詳しい地図で見る


それでは、参りましょう。




まず駐車場に車を停めると、すぐ目に付くのが、


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この外壁と南門。これだけでテンション上がります。



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南門です。絵巻物で見るような2階建ての門です。



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門の前は、二重の堀で守られています。





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築地塀沿いには、簡素化した櫓も見られます。




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門を城内から眺めます。意外に頑丈な造りのようです。





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築地塀は、本来は城の外郭を廻っていた陽ですが、復元では一部にとどめ、その他は植物で表現しています。櫓がちゃんとあるのが良いですね。





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門から城内を眺めます。道幅が恐ろしく広い&内城まで遠い。


続きはまた後ほど。


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さて、なにやら建物が見えてきました。


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これは、「彦御蔵(ひこおくら)」と呼ばれる、盛岡城で唯一残存している建築物です。江戸時代後期に建てられた2階建ての蔵です。
道路拡張に引っかかって、現在地に移されました。

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旧北上古川方面から城跡を眺めます。
手前の坂は、吹上門跡です。
三階櫓が写る古写真は、少し角度はずれますが、この方角から撮られたようです。



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二の丸の石垣を眺めます。
なかなか総石垣の城はお目にかかれないので、ワクワクしっ放しでした。


盛岡城跡はこれでお終いです。



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さて、続きです。




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先ほどの道を少し降りました。
藤棚みたいなのがあるところが、「淡路曲輪」という、もともと櫻山神社があったところです。


では、行ってみましょう。




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今は、特に何があるという事もないですが、桜がいっぱいあります。
石垣の左側が三重櫓跡です。





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曲輪内部にも、建物の区画が残っています。これは二階櫓のようです。
盛岡城跡って、意外に発掘調査が行われているんですね。





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三重櫓跡の石垣の隅部分。
桜まつりの関係でしょうか(盛岡城跡の桜は春の風物詩ですから)、テレビ局が桜の取材に来てました。





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来た時、蕾はまだこんな感じ。
桜まつり初日でこれはつらいです。
(写真見ても、とても春には見えません。むしろ今頃って言った方がしっくり来るような・・・。)




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下の方を見ると、まだ城の水堀が残っています。
行ってみましょう。





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城の片隅に、こんな磐座があるとは(横穴式石室にも見えますが)。
鉛蔵だったか。残念石だったか。にしても、けっこうなド迫力。




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先ほどの大磐から、淡路曲輪の二階櫓跡を眺めます。
いい石垣です。


続きはまた後ほど(次、最後です)。


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(「もりおか歴史文化館常設展示ガイド」引用)



続いて参りましょう。

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先ほどの廊下橋の反対側に、腰曲輪と御馬場に降りる石段がありました。
それらしく造ってますが、絵図面にはないので、公園になった際に新しく造られたものかと。

このまま、先ほどの御三階櫓跡の反対側を下から見てみましょう。




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御三階櫓跡の反対側、御二階櫓跡の石垣です。
ここの石垣を修復した時、今の石垣の中から築城当初の石垣が出てきたそうです。


このまま進みましょう。





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一段下がった曲輪がありました。



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榊山稲荷曲輪という曲輪です。



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かなり狭いですが、曲輪内に井戸を設置しています。




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またまた廊下橋です。右が本丸・左が二の丸です。

よく見たら、左側の二の丸、先ほどの御台所側と異なり、フラットな地形になっています。



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廊下橋をくぐって、御台所側に出ました。



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そのまま下に降りてみましょう。


続きはまた後ほど


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