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さて、この母屋の裏には、
何か大きな建物が。 大工小屋です。江戸時代末期の建築。 整備されていないのが惜しい。 続いては、 稲荷社。社殿は嘉永2年(1849)建立。 稲荷社から母屋を眺めます。 母屋の横に立つ土蔵と石蔵。明治時代後半〜大正時代の建物。 母屋から遠野盆地を眺めます。 私が行った頃は、ちょうど公有化された直後。 今後、市の方で大々的な改修工事を行うとの事です。 https://history.blogmura.com/his_shiseki/index.html (にほんブログ村〜歴史ブログ〜史跡・神社仏閣) ↑よろしければクリックお願いします。 |
名勝巡り
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○訪問日 平成25年6月30日
さて、お次は遠野市にある千葉家住宅。江戸時代のこの辺りの代表的な、住居と馬屋がL字形に連結した「曲がり家」の代表的な建物として知られています。 特に、江戸時代後期に作られたこの千葉家住宅は群を抜いて大きく、25名と馬20頭が暮らしていたと言います。 てっきり人がまだ住んでるものだと思いきや、私がちょうど訪問した頃に遠野市の所有になっていたようです(その割には、いかにも住人らしきおばあちゃんがウロウロしていたような・・・)。 ま、これだけ大きいと、相続や今後の維持管理問題が大きくなるでしょうから。 それで、これから老朽化した部分などの修復が始まるようです。 場所はこちらになります。 遠野市街地の西側、遠野街道沿いにあります。 詳しい地図で見る それでは、参りましょう。 駐車場からの眺め。まるで要塞です。 駐車場もちゃんと整備されています(自販機からトイレから、けっこう整備されています)。 正門かと思いきや、大河ドラマ「花の乱」のセットだとか。 実際は、この向かいに江戸時代後期の建物があるのですが、ゴミ捨て場状態になっているので、写真は控えます。 今後きれいになるでしょうから。 門を抜けて坂を上がると、 建物の横に出ます。 手前の建物は、明治45年(1912)に建てられた土蔵。 馬屋部分には向こう側に抜ける廊下があります。 居住部分です。 それにしてもでかい! 内部です。一部ではありますが公開されています。 なお、映画『遠野物語』の撮影時の写真もありました。 外から馬屋部分を眺めます。 続きはまた後ほど。 https://history.blogmura.com/his_shiseki/index.html (にほんブログ村〜歴史ブログ〜史跡・神社仏閣) ↑よろしければクリックお願いします。 |
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○訪問日 平成25年5月25日
やっぱり東北に来たなら、縄文遺跡は訪ねないと!(その割には三内丸山遺跡には行けなかった)、という事で、教科書にも載ってる大湯環状列石へ。 この遺跡は昭和6年に初めて発見され、その後本格的な調査が入りました。 何といっても、環状に石を配置した遺構「ストーンサークル」が有名で、日時計の役割では、と言われています。 場所はこちらになります。 何故か遺跡を道が横断しています。 詳しい地図で見る それでは、参りましょう。 資料館に車を置いて、 ちょっとした森を歩きます。 森を抜けると、 いきなり視界がオープン。 向こう側に家らしきものが。 近寄ってみると、 円形や方形に石を配置した遺構が。 中には、掘立柱の遺構も。 これは何? 中心部の万座列石へ。 近くで見ると、けっこう石多いです。 教科書で必ず見た配石遺構の立石(そう言えば、八幡平に登る手前にも同じような遺跡公園がありました)。 茅葺きの家かと思いきや、円形でした。 万座列石の展望台から眺めてみます。大きすぎて写真に収まりません。 展示版。こういう風になっているのか。 次は、道路をまたいで、野中列石に行きましょう。 ここも結構でかいです。 中心部はこんな感じ。 野中から道路越しに万座を眺めます。 有名な遺跡公園ですが、遺跡目当てで来ている人は、私が行った時は見かけず、子供連れの方ばかりでした。 ここで弁当食べて、子供もあちこち走り回れば気持ちいいでしょうね。 https://history.blogmura.com/his_shiseki/index.html (にほんブログ村〜歴史ブログ〜史跡・神社仏閣) ↑よろしければクリックお願いします。 |
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○訪問日 平成25年5月25日
岩手県に春が近付くと、登場するのがこの八幡平アスピーデライン。 だいたい4月中旬頃に雪で埋まった道を掘り返し、雪壁の中を走るルートが出来上がります。 昨年は、開通初日が降雪による通行止めという状態でした。 ですので、5月末でも、おもしろいぐらい雪が見られます。 道の途中から、岩手山を眺めます。この日、麓は雲海です。5月末で雲海が見られるというのが雪国らしいところでしょうか。 さあ、車で上っていきましょう。 ちょっと走れば、あっという間にえらく標高が高くなります。 麓には雲海が広がります。 雪を見ながらぐんぐん走ると、 先ほど見上げていた岩手山は、すぐそこ。 雲海に突っ込むような雲海。 この辺りは、「源太岩」と呼ばれるポイント。 標高1255m。 ここから先、5月末なのに、まだ雪がこんなに残っていました。 八幡平はすぐそこ。 見返り峠に到着。岩手山は、少し下に見えるようになりました。 秋田方面を眺めます。ものすごく山が深い。 南側を眺めます。うっすら見える白い山は鳥海山でしょうか。 八幡平頂上を眺めます。 夏はとても気持ちの良い登山が体験できるようです。 場所はこちらになります。 詳しい地図で見る https://history.blogmura.com/his_shiseki/index.html (にほんブログ村〜歴史ブログ〜史跡・神社仏閣) ↑よろしければクリックお願いします。 |
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○訪問日 平成25年5月22日
こちらへは、業務の関係で行ってきました。 小鎚から長井という集落を抜けて向かうコースです。 途中、とても良い感じの渓谷が。 とりあえず撮影会。 この時点で市街地から約1時間。とんでもない山奥です。 大槌町は、三陸沿岸の町というイメージがありますが、実はものすごく山が深い所でもあります。 市街地から約2時間(しかも大半が凸凹の砂利道)、ようやく到着しました。 この山桜は、岩手県でも最大の山桜と言われています。 樹齢は約300年。 この年の桜は、何かの病気だったのでしょうか、葉の色があまり良くなく、遠目に見るとちょっと色の悪い様に見えます。 この辺りは「金糞平(かなくそだいら)」と呼ばれる所。桜の周囲には、炉のような土塁状の遺構や、 こんな「金糞(=鉄滓・てっさい)」が至る所に散乱しています。 古くからここで製鉄が営まれていたようです。 この時の状況をアップしていますので、参考にして下さい。 http://www.town.otsuchi.iwate.jp/docs/2013052300019/ 場所はこちらになります。 詳しい地図で見る ちなみに山桜の場所ですが、初めて行く人はとてもたどり着けるような場所ではありません(私も地元の人に運転をお願いしました)。 また、桜の周囲は遺跡として登録されているので、散乱している鉄滓を持って帰るのは止めましょう。 https://history.blogmura.com/his_shiseki/index2.html (にほんブログ村〜歴史ブログ〜史跡・神社仏閣) ↑よろしければクリックお願いします。 |






